平成30年度の税制改正大綱が発表されました。
その内容の中で、ビズ部らしく社長に影響のあるものについてお知らせしていきたいと考えています。
第2回目として、事業承継税制について説明します。
贈与税・相続税の改正で、この改正の影響を受けるのは社長、、、ではなくて、後継社長です。社長は後継社長のために、後継社長は自分のために読んで下さい。
■平成30年度税制改正大綱に関する記事 |
Contents
0.読むべき社長とそうでない社長
例によって、本文に入る前に要らぬお世話かもしれませんが、読むべき社長と読まなくても良い社長を分類しておきたいと思います。
0−1.読まなくても良い社長
上場又は会社売却によるエグジットをゴールとして会社経営をされている社長はこの記事は読む必要はありません。但し、顧問税理士にそのことをハッキリ伝えていない方は、ハッキリ伝えて下さい。それによって顧問税理士からのアドバイスが代わってくると思います。(わたしの場合は変えます)
0−2.読んで欲しい社長
事業承継を考えている社長は必ず読んで下さい。今回の改正で選択肢が増えました。頭の片隅にいれておいて頂けると良いと思います。
一説によると、日本の場合、7割の会社が事業承継を目指すそうです。そうなるとこの記事は、その7割の社長に向けた記事ということです。
1.そもそもどんな制度だったか
そもそも現行の制度がどんな制度なのかをご存じない社長も多いと思いますので、そこから説明したいと思います。この現行制度は廃止されるわけではありません。現行制度は原則的方法として今後も残ります。この現行制度に対して10年間の期限付きで新たに設けられる特例制度が今回の改正点です。
1−1.平成30年度税制改正大綱前から存在する現行制度について
現行制度は、
相続税について、現経営者の相続又は遺贈により後継者が取得した自社株式の80%部分の相続税の納税が、猶予及び免除されます。
贈与税については、現経営者からの贈与により後継者が取得した自社株式に対応する贈与税の納税が、猶予及び免除されます。
ここでいう後継者とは、平成27年1月以降に発生した相続・贈与については、親族外の後継者も含みます。また、対象となる自社株式は、後継者が相続・贈与前から既に保有していた分も含めて発行済株式総数の3分の2までの部分です。
大ざっぱに言うと、現行制度では、納税猶予される範囲が狭くて全部ではないということです。
1−2.現行制度の適用要件について
上記のような税制優遇を受けるための要件は次のとおりです。
1−2−1.相続税の申告期限後5年間の要件
相続税の申告期限後5年間は次の要件を満たさなければ優遇措置が解除され、納税猶予された相続税・贈与税の全額を納付することとされています。
- 後継者が会社の代表者であること
- 雇用の8割以上を5年間平均で維持すること
- 後継者が筆頭株主であること
- 上場会社、風俗営業会社に該当しないこと
- 猶予対象株式を継続保有していること
- 資産管理会社に該当しないこと
これらの中でも、後継者が会社の代表者に限定されて交代出来ないことや、雇用の8割以上を5年間平均で維持しなければならないことなどが、適用を受ける際のネックになっていました。
(【出典】事業承継の際の相続税・贈与税の納税猶予及び免除制度-中小企業庁)
1−2−2.相続税の申告期限後5年経過後の要件
5年経過後は、次の要件を満たすことが要求されています。
- 猶予対象株式を継続保有していること
- 資産管理会社に該当しないこと
上記のうち、猶予対象株式を売却した場合には、譲渡した株式の割合分だけ相続税・贈与税を納付しなければなりません。また、資産管理会社に該当することになった場合には、相続税・贈与税の全額の納付が必要となります。
(【出典】事業承継の際の相続税・贈与税の納税猶予及び免除制度-中小企業庁)
これら現行制度をざっくり理解したうえで、今回新たに導入される特例制度のポイントを見ていきましょう。
2.改正ポイントのまとめ
今回の改正ポイントを表にまとめると以下のとおりです。
改正点 | 現行制度 | 特例制度 |
---|---|---|
譲受株式にかかる相続税の負担 | 株式の3分の2について80%まで猶予 | 全株式について全額猶予 |
雇用要件 | 5年で8割の雇用を維持 | 要件を緩和 |
猶予の対象 | 先代経営者から 筆頭株主のみ | 複数株主から最大3人まで猶予 |
税額の算出方法 | 承継時の価格で計算 | 株価が下がれば差額は免除 |
相続時精算課税 | 60歳以上の父母又は祖父母 | 60歳以上の株主 |
以下で、具体的に改正ポイントを一つずつ説明していきたいと思います。
3.改正ポイント1:対象株式数上限等の撤廃
現行制度においては、全ての株式について適用が受けられるわけではありませんでしたが、特例制度では100%の株式について適用を受けることが可能になります。
言い替えると、事業承継時の贈与税・相続税の現金負担割合をゼロにすることも出来るようになったということです。但し、贈与税・相続税がゼロになるわけではありません。この制度は、あくまでも納税猶予の制度です。
(【出典】平成30年度中小企業・小規模事業者関係 税制改正について 平成29年12月 中小企業庁)
先日、さっそくある社長から、相続税がゼロになるんだって?と聞かれました。そういうことではありませんので、ご注意下さい。
4.改正ポイント2:雇用要件の実質的撤廃
現行制度においては、事象承継後、5年間の雇用平均が8割未達の場合、猶予された相続税・贈与税の額を全額納付しなければなりませんでしたが、特例制度では、5年間の雇用平均が8割未達でも猶予は継続されることになります。
(【出典】平成30年度中小企業・小規模事業者関係 税制改正について 平成29年12月 中小企業庁)
5年間平均で8割を満たせなかった場合に、何もせずに納税猶予が継続されるわけではありません。要件が満たせなかった理由について認定した都道府県に報告が必要です。また、その理由が経営悪化等の場合には、認定支援機関による指導助言が必要になります。
とはいえ、理由の報告や、認定支援機関の指導助言を受けさえすれば、納税猶予は継続されるわけですから、「実質的」には5年間の雇用維持の要件は撤廃されたということになります。
5.改正ポイント3:対象者の拡充
現行制度においては、一人の先代経営者から一人の後継者への相続・贈与のみが対象でしたが、特例制度では、複数の株主から代表者である後継者(最大3人)への承継への適用が可能になります。
(【出典】平成30年度中小企業・小規模事業者関係 税制改正について 平成29年12月 中小企業庁)
平成2年の商法改正以前は、株式会社の設立には,7人以上の発起人を要するものとされていました。発起人は,必ず,株主になりますから,株式会社の設立当初の株主は,最低7人(発起設立)か8人(募集設立)でした。ですから、現在、事業承継を迎える多くの会社で、株主が7人以上いるという状況が発生しています。当初7人だったのが、相続によって20人程度に分散しているという事例もザラにあります。
したがって、贈与者の制限が撤廃されることで、納税猶予制度の恩恵を受けられる範囲が大幅に拡大されたといえます。
6.改正ポイント4:経営環境変化に応じた減免措置
現行制度においては、納税猶予が取消になった場合には、事業承継時点の株式評価額のまま、相続税・贈与税の納税が必要でしたが、特例制度では、事業承継時点の株式評価額と差額(損失)が発生している場合には、納税猶予の取消事由(売却・廃業)が発生した時点での株式評価額を基に納税額を再計算して、納税猶予した額よりも実際の納税額を圧縮出来るようになります。
(【出典】平成30年度中小企業・小規模事業者関係 税制改正について 平成29年12月 中小企業庁)
但し、利用出来る場面が非常に限定されていますので、過度の期待は禁物です。
7.改正ポイント5:相続時精算課税制度の適用範囲の拡大
相続時精算課税という制度があります。無茶苦茶端折って説明しますと、相続前に行った2,500万円までの贈与に伴う贈与税を贈与時点では支払わず、相続時に相続された財産に含めて計算した相続税のうち一部を支払ったことにする制度です。この制度の適用を受けるのは、60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫への贈与のみ対象となります。特例制度では、これを事業承継税制の適用を受ける場合に限り、60歳以上の贈与者から20歳以上の後継者への贈与も対象に入れることが出来るようになります。
(【出典】平成30年度中小企業・小規模事業者関係 税制改正について 平成29年12月 中小企業庁)
例えば、役員の退職金を支払った場合や、将来の相続に備えて一時的に効果のある株価対策がなされた場合など、株式の評価額が低い時点で贈与を行えば、それだけ多くの株式を後継者に移すことが出来ます。この時に、相続時精算課税が適用出来れば、贈与後に株価が上昇したとしても、相続時の株式評価額は贈与時点のままとなるので後継者にとっては税務メリットが発生することになります。
但し、相続時精算課税を一度選択すると、その後、同一人からの暦年課税の毎年110万円の控除が受けられなくなる点については注意が必要です。
相続時精算課税の制度とは、原則として60歳以上の父母又は祖父母から、20歳以上の子又は孫に対し、財産を贈与した場合において選択できる贈与税の制度です。この制度を選択する場合には、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日の間に一定の書類を添付した贈与税の申告書を提出する必要があります。
なお、この制度を選択すると、その選択に係る贈与者から贈与を受ける財産については、その選択をした年分以降全てこの制度が適用され、「暦年課税(注)」へ変更することはできません。
また、この制度の贈与者である父母又は祖父母が亡くなった時の相続税の計算上、相続財産の価額にこの制度を適用した贈与財産の価額(贈与時の時価)を加算して相続税額を計算します。具体的な贈与税及び相続税の計算については「4 税額の計算」をご覧ください。
このように、相続時精算課税の制度は、贈与税・相続税を通じた課税が行われる制度です。
8.事業承継税制拡充にどう対応すれば良いか?
ここまで改正のポイントについて説明してきました。
最後に、この改正に対して、どのように対応すべきかについて、お伝えしたいと思います。
7−1.事業承継がゴールであることが明確なら本来はこの制度は不要
事業承継をするということが決まっているなら、最初から、自社株の評価額が相続税の納税に困るほど高くならないようにコントロールすべきです。自社株の評価額が社長のコントロール下におかれていれば、事業承継時に自社株の評価額が問題になることはありません。
しかしながら、日本の企業の7割が最終的に事業承継されるにもかかわらず、事業承継をゴール設定したうえでの決算対策がなされていないために、不相当に高い株式評価額の会社が沢山あるのが実状です。
財務戦略として、内部留保を沢山溜めるという方法は、株式評価における純資産価額方式による評価額を高めることと一致します。つまり、日頃やっていることと相続税対策というのが真逆になっているということです。そのことに気が付くのが事業承継をする時では遅いのです。
わたしは、多くの税理士が日頃は内部留保を増やせと言っておいて、事業承継時になると、急に事業承継コンサルティングという仕事を提案して、真逆の提案を始めることに大いに疑問を感じています。
社長は顧問税理士に対して、まずは自社のゴール(予定)が下記のいずれなのかを伝えて下さい。
- 上場
- 売却(M&A)
- 事業承継
- 廃業
- 倒産
目指すゴールが違えば、やるべきことは全く違ったものになります。
財務ゴールの選択肢はたったの5つ(倒産を選ぶ社長はいないので実質4つ)しかありません。したがって、適切に対処するのは、そんなに難しいことではありません。
そして、早く対策を始めることです。
例えば、毎年110万円の贈与税の非課税枠を10年使えば1,100万円、20年使えば2,200万円分の株式を、非課税で後継者に移動することが出来ます。株式の評価額を最初から低く抑えていれば、この範囲内でも多くの株式を移転出来るのです。
事業承継対策は、特別にコンサルタントを雇ってやらなければならないものではなく、日常的に対応出来る部分も多いのです。
これから直ぐに対策を始めたい方は、ビズ部のセミナーに参加して下さい。
7−2.相続税の納税に関する時間稼ぎが必要なら活用すべき?
そもそも事業承継がゴールにもかかわらず、上場や売却を目指すかのごとく内部留保を溜めてしまった社長は、株式の評価を下げる作業をしていかなければなりません。
まずは事前対策を「顧問税理士以外」に依頼しましょう。
財務ゴールを意識しないで対応してきた顧問税理士にとって、ベストな事前対策は都合の悪い話を、あなたにしなければならないことも多いです(そんなことも感じていない厚顔な方も多そうですが)。
もし、不幸にも事前対策が完了する前に、相続が発生するようなことがあった場合には、改正された納税猶予制度が役に立つと思います。
一方で、納税免除制度ではなく、納税猶予制度である点については、注意が必要です。つまり、あくまでも問題先送りのための制度でしかなく、最終的な納税義務が免除されたわけではありません。
この制度では、毎年、都道府県への報告、税務署への届出が必要になります。喉に魚の小骨が刺さっているような状態では、本業にも身が入らないと思います。
この制度を活用せずにリーズナブルな範囲で相続税・贈与税を支払って事業承継を完了させることが一番大事だと思います。その着地点は、会社毎に違うので、ここでお伝えすることが出来ません。あなたと顧問税理士が、じっくり話し合って決めていく必要があります。
申告書を作るのが仕事だと思っている税理士でなければ、何らかの落としどころを提示してくれるものと思います。
山口 真導
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