「社長、お話があるのですが。」と言われたら、10年前までは「退職したいのですが。」といわれる覚悟をしておけば良かった。しかし、ここ数年は「うつ病と診断されました」と言われることが多いと聞く。特に労働環境の厳しいIT関連の職場でうつ病の社員が増えているようだ。
うつ病と診断された社員が出たときに、あなたまず何をすれば良いだろうか。何をすべきか迷っているあなたに、今すぐすべき会社の対応をご紹介しよう。
Contents
1.診断書がカギとなる
1−1.うつ病かも?と言って来たら、まずは休んでもらう
そんなに易々と休ませてしまったら業務はどうなるなんだ!といった声が聞こえてきそうである。だが、休ませずに働かせた結果、うつ病が悪化し最悪自殺にだなんてなったら大変なことだ。親族から訴えられるかもしれない。労働基準監督署の目に留まり調査の対象となるかもしれない。また、こんなことが取引先、消費者に伝わってしまったら、会社の信用はガタ落ちのはずだ。これは最悪のシナリオだが、目先の事に囚われているとこんな事態になりかねない。
だから、社員にはまず休んでもらうべきである。
まずはゆっくり心身ともに休養してもらい、その後復帰してバリバリ働いてもらう方が、会社にとっても社員にとっても幸せな道なのだ。
有休休暇があるうちは、まずは休んでもらうという対応で良いだろう。
それを超えたら休職という形をとろう。
1−2.休職させたのに訴えられることがある
休職させるにあたっては、医師による診断書を取らなければならない。医師によりうつ病と診断されたならば、うつ病の社員は会社に来なくても傷病手当金を受給することが出来るし、会社は給料を支払う必要はない。詳しくは後ほど「2.休職中のお金のあれこれ」で説明する。
大事なことは、うつ病の疑いがあるからといって、素人判断で休職させてはいけないということだ。
実際は何ともなかった場合、休職なんてするつもりもなかった社員にとっては、不当に休職させられたことになってしまうからだ。
1−3.診察に同行する
有休休暇を消化しても、まだ出社することが難しいということになったら、いよいよ休職を考えなければならない。説明したとおり、休職するためには診察を受け診断書をもらう必要がある。
社員の了承を得られれば診察に同行することができる。同主治医・本人の両者から本人の健康状態について直接話しが聞ける貴重な機会なので是非同行して欲しい。
まず大前提として、あなたは会社の代表者としてその社員の健康状態を管理する責任がある。だからこそ、特に会社に出社出来ない状況が発生している場合には、その原因があなた(あなたの会社)にあるということもあり得る。したがって、通常の体調不良の場合以上に本人の健康状態について詳しく把握する必要があり、そのためには診察に同行することがとても有効なのだ。
もし、同行が無理でも、あなたが主治医と直接連絡が取れるように了承を得ておきたいところだ。
社員のうつ病は、あなたにとっても重要な問題なので、しっかり状況を把握し対応するようにしなければならない。
また、医師と連絡を取るときは電話でなく、必ず文書でお願いし記録を残すようにして欲しい。なお、その文書には本人から了承を得ている旨を記載のうえ捺印をもらうことが重要だ。文書「医療情報提供依頼書」の雛形を添付するので参考にしてもらいたい。
1−4.診断書を書いてもらう
診断書を書いてもらう際に、後ほど説明する「3.傷病手当金」の手続のために、「健康保険傷病手当金支給申請書」の「療養担当者記入用」も持参するようにしよう。(以下の画像は全国健康保険組合に加入している場合の支給申請書になります。実際は、自社が加入している健康保険組合指定の書式を利用することになります。)
傷病手当金をもらう社員にとって、この申請書の中で特に重要なのが、下記の資格に囲った部分の日付である。この日付でもらえる手当の金額が変わってしまうので、早めに受診することと、仮に受診が遅れてしまった場合でも、いつから症状が出て出社出来ない状態になったかについて、しっかりと医師に伝えるようにして欲しい。
診断を受けるよう促しているにも関わらず受診をしない社員へは、会社で病院を指定し診断書を書いてもらうようにしよう。
1−5.業務時間の短縮という選択もある
受診した結果、休職をさせるほど病状が悪くない場合は、業務時間の短縮という方法もある。
受診結果を良く検討し、本人と相談のうえ、双方納得できる形で、当面の結論を出すようにして欲しい。
2.休職中のお金のアレコレ
2−1.休職中の社員に給与は払わなくても良い
払わないといけないと思っている経営者が多いようだが、休職中の社員に給与は払わなくても良いのだ。実際、現在の日本の大半の中小企業では無給としている。休職中の給与については法律で特段定められていないのだ。
だからといって、本人が経済的に追い込まれないように、是非、後ほどご説明する、本人が行う傷病手当金の受給手続に協力してあげて頂きたい。
2−2.社会保険料は払い続けなくてはいけない
給与は払っていなくても、社会保険料は払い続けなければいけない。社会保険料を支払わないということは、その社員が社会保険の資格を喪失したときにだが、休職では通常、社会保険の資格喪失が出来ないため払い続けることになる。そのため、会社が一時的に立て替えるか、休職中の社員に負担分を振り込んでもらうかの対応が必要になる。
2−3. 給与を払っていなくても社員から社会保険料を確実に預かる方法
給与を払っていなくても社員から社会保険料を確実に預かる方法がある。それは、会社が傷病手当金の「受取人」になることだ。傷病手当金は休職している社員の生活を保障するための手当金だが、会社が従業員から合意を得て受取代理人となることで、一旦会社を通して社員へ支払うことが出来る。よって、入金された傷病手当金から個人負担分の社会保険料と住民税を引いて残りを社員へ振り込めば良いのだ。これなら給与と同様に毎月、滞りなく徴収が出来る。なお、一つ注意して欲しいことは、傷病手当金には所得税がかからないので、源泉所得税の控除は不要である。また、この計算の内訳を給与明細のように社員へ渡してあげると社員も安心できるだろう。
3.傷病手当金を会社が変わりに受け取るために知っておくこと
3−1.傷病手当金を受け取るために会社がする3つのこと
前述のとおり、社会保険に加入している場合、健康保険組合から「傷病手当金」を受けることができる。傷病手当金は休職している社員の生活を保障するための手当金だが、会社が受取代理人となることで一旦会社を通して社員へ支払う方式を選択出来る。
ここでは、具体的な手続きと用意する書類について紹介する。まずは、加入している健康保険組合の「傷病手当金支給申請書」を入手しよう。
(政府管掌の全部健康保険組合(協会けんぽ)の場合はコチラからダウンロード出来る)
0.従業員から会社が受取代理人になることの合意を得る
1.「振込希望口座」には会社の口座情報を書く
2.「受取代理人の欄」へ署名する
3.賃金台帳と出金簿を用意する
会社は、該当の社員が「この期間欠勤した」ということを示す書類として
申請する期間 と 申請する期間の1ヶ月前の
●賃金台帳
●出勤簿(タイムカード)
を用意する必要がある。
4.「事業主が証明するところ」賃金台帳と出金簿を見ながら埋めていく
上記2つの書類を用意したら、
申請書の「事業主が証明するところ」を用意した書類を見ながら埋めていけば良い。
3−2.傷病手当金について知る
ここでは、傷病手当金の制度について、重要なポイントをご紹介しよう。
3−2−1.傷病手当金受けるための4つの条件
傷病手当金を受けるためには、以下4つの条件を全て満たしてる必要がある。
1.仕事が出来ない状態であること
2.連続して3日休み、更に4日目以降も休みとなるとき
3 給与の支払いがないこと
4. 労災保険の給付対象外であること
3−2−2.傷病手当金の受給金額
受けられる手当て額は、給与の約3分の2の金額。
先ほど、傷病手当金を受けるための条件に「給与の支払いがないこと」と伝えたが、給与の支給があったとしても、この傷病手当金の額を下回るときはその差額はもらえる。
3−2−3.傷病手当金を受けられる期間
期間は最長で1年6ヶ月だ。ここで注意したいのは、1年6カ月分の手当てが受けらるれのではなく、1年6ヶ月の間、手当てが受けられることだ。そのため、途中で復帰し、また休職した場合でもその復帰期間は1年6ヶ月に含むのだ。
4.休職前に会社が検討すべき4つのこと
4−1.休職前に仕事の引継ぎ時間は取っても良い
うつ病と診断されて何日以内に休職させる、という法律上の決まりはない。だからまずは、本人に引継ぎが出来るかどうか聞いてみることだ。ただし、ここで決してやってはいけないことは、診断結果等が一刻も早く休養が必要、他人から見て明らかに様子がおかしいのに引継ぎをするよう無理強いしてしまうことだ。
4−2.他の社員への情報公開は一番デリケートに
休職する社員のことを、他の社員へ伝えなくてはいけない。だがここで「●●くんは、うつ病のため明日から休職します」なんて決して言ってはいけない。うつ病で休職することを他の人に知られたくない人は多い。他の人に知られてしまったことで余計にストレスを感じる人もいる。そのため、あらかじめ本人と話しをし、休職事由を公開しても良いかどうか確認をすべきだ。もし話し合いを取る間もなく休みに入ってしまったらなら、「●●くんは体調不良のためしばらく休んでもらうことになった。」で十分だろう。
4−3.休職中でも連絡は取って良い
余計な負担をかけない方が良いと思い連絡をしない会社も多い。しかしそれは間違っている。会社が休職している社員の状態を把握しておくことはとても重要なことだ。毎月決めた回数(月1回ほどが好ましい)で近況、病状、治療状況、休職期間の見通しなど、報告して欲しいことはあらかじめ話しておこう。ここで注意して欲しいのは、ただの心配の連絡は不要であるということだ。心配な気持ちはわかるが、励ましや応援の連絡はうつ病患者にとっては逆効果になりえるからだ。あくまでも会社としてする連絡は、事務的な連絡のみだ。
4−4. 会社側の連絡口は一つ、休職者の連絡先は複数
うつ病で休職した社員と連絡を取るとき、会社から連絡をする担当は一人に絞っておくべきだ。人によって対応が違うと混乱を招きかねない。
休職者の連絡先は、本人に直接連絡が取れる携帯が多いと思うが、他にも自宅・家族等に連絡が取れるようあらかじめ聞いておこう。休職中に症状が重くなり、連絡が取れなくなってしまった場合への備えだ。
5.今すぐチェック!あなたの会社の就業規則
5−1.就業規則に入れておくべき8つの規則
ここまで、「あらかじめ話しておこう」ということを何度も申し上げてきた。実はこの「あらかじめ話」、就業規則に書かれているかがとても重要なのだ。次に書く項目が就業規則にないという会社は、今すぐに追加して欲しい。
※労働基準監督署へ就業規則を提出している会社は、就業規則を変更したときは届出る必要があるので注意が必要だ。
1.医師への受診義務について
・会社が医師へ受診させる義務について
・会社が指定した医療機関で受診させることがある
2.休職の開始のタイミング
・従業員の申し出または会社の指示により休職させることがある
3.休職中の扱いについて
・休職期間の目安について
・休職期間中の賃金は支給しない
・休職者の休職中の報告の義務について
4.復職のタイミングについて
5.休職期間の満了時について
5−2.金庫に入っている就業規則はないも同然
作成した大切な就業規則をなくさないように金庫に閉まっている会社もあるのではないだろうか。その就業規則、それではないも同然なのだ。実は就業規則は法律で「全社員が周知したのち効力が生ずる」と定められている。(労基法106条第1項)せっかく就業規則を作っても誰もそれについて知らなかったら、意味がないのである。そのために、社員への配布、見やすい場所への掲示、パソコン上で社員なら誰でもアクセス可能のようにしておく必要がある。金庫にしまっていたなら今すぐに取り出して、みんなへ公開すべきだ。
まとめ
うつ病社員が出てしまったときに大切なことは下記の3つだ。
- まずは、医師の診断を受けさせること
- 休職させることを渋らない
- あらかじめの話し合いをすること
初めてのことだらけであなたも社員も不安だろうが、会社がしっかりと対応することで社員の不安を少しでも取り除いてあげる事が出来るだろう。あなたの会社の大切な社員が一日も早く回復することを祈っている。
山口 真導
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