役員報酬の額はいくらが適切なのでしょうか。
あなたの役員報酬は誰かが決めてくれるわけではありません。あなたが自分で決める必要があります。しかし、その判断基準は意外にも明確になっていません。それをこの記事で出来るだけ明らかにしていきたいと思います。
「役員報酬を多額にして法人を赤字にすると法人税を払わないから節税になる。」
今でも胸を張ってそう仰る年配の経営者がいらっしゃいますが、現実はそんなことはありません。法人税率が下がったため、所得税の方が高くなる割合が増えているのです。話がこんなに単純だったらこんな記事を書く必要もないのですが、色々と制度が変わって本当に話が複雑になってしまいました。
今回も、内容が盛り沢山になりますので、最初に結論からお伝えさせて頂きます。
「あなたの手取り額と会社の手残り額の合計」を最大化するという観点で検討すると、次のような結論となりました。
- 役員報酬控除前利益が年間600万円以内なら役員報酬で全額(月額50万円)もらった方が得
- 役員報酬控除前利益が年600万円超2,600万円の間は役員報酬は年間600万円(月額50万円)程度に抑えた方が得
- 役員報酬控除前利益が年間2,600万円を超えたら役員報酬は年間1,500万円(月額125万円)に向けて上げていくのが得
上記は、次の条件に従って計算されたものです。
- あなたは役員報酬以外で会社から収入を得ることがない
- 会社は役員報酬を支払った残りを全て手元に残している。
この二つの条件を5つの裏ワザを使って外していくと、さらに「あなたの手取り額と会社の手残り額の合計」を最大化することが出来ます。
この記事では、裏ワザを含めて役員報酬を決めるために必要な方法と注意点について、私の知りうる限りの情報をご提供させて頂きます。
いわば、「役員報酬の決め方の全て【保存版】」です。
取り扱いに関する注意事項があります。
実際に役員報酬の額を決める際には、ご自身で作った検討案の結果を実際に計算したうえで、ご自身の責任で最終決定して下さい。この記事は、私が個人的に試算した結果に基づく完全なる私見です。また、私の計算した結果は、法令等の変更により変わります。ウェブメディアの性質上、ご覧頂いている時点の最新情報でない可能性があることをお含み置き下さい。更に重要なことは、役員報酬(給与)計算の結果は、家族構成等の諸条件により変わります。計算上の仮定については、随時ご説明しますが、その仮定に基づく計算であることをご理解のうえでご利用下さい。
なお、以降の内容は、全て2014年8月末現在の法令等に基づいて計算しています。
また、設立初年度に限っては、現実には上記のような役員報酬控除前利益のシミュレーションが成り立たないと推測されますので、別途解説記事を用意しています。設立初年度の起業家の方は「もう悩まない!設立初年度の役員報酬の決め方」をご参照下さい。
1.役員報酬の額を決める際に検討すべき3つのポイント
つぎのような点を検討することであなたに最適な役員報酬の額を決められると思います。
- 役員報酬の世間相場
- あなたの手取額の最大化
- 会社の手残り額の最大化
上記の内容は相反する場合もあります。各事項をどうバランスさせるのかが大事です。
役員報酬の世間相場はあなたの会社の利益水準を前提にしたものではありません。また、あなたの手取り額を最大化すれば、会社の手残り額が減ります。あなたの手取り額を最大化すれば所得税と社会保険料の額が増加し、会社の手残り額を増やせば法人税の額が増加してしまいます。
1−1.役員報酬の世間相場について
世間の相場は、内心最大の関心事だと思います。
ウェブ上に「最新調査に見る『役員報酬・賞与』の傾向分析」という資料がありました。
(リンクをみるとsampleと記載されているのでリンク切れの場合はご容赦下さい)
こちらの資料を見ると、役職別に年収の相場に関して次のような記述があります。
会長:1,200万円〜1,400万円
社長:1,700万円〜2,000万円
専務:1,200万円〜1,350万円
常務:1,100万円〜1,200万円
取締役:900万円〜1,100万円
監査役:280万円〜340万円調査母集団:月刊「ニュートップL」月刊「企業実務」の読者7,000社
調査時期:2010年7月
なお、上記には役員賞与の額も含まれていますのでご留意下さい。また、年間購読料2万円以上の上記雑誌を購読している企業が対象なので、一般的な中小企業より「意識が高い」系の方の実績値として捉えなければいけないと思います。
平均月収については以下のとおりです。
社長:役員報酬 138.4万円 役員賞与 363.2万円
専務:役員報酬 99.0万円 役員賞与 146.1万円
常務:役員報酬 90.7万円 役員賞与 142.0万円
取締役:役員報酬 73.0万円 役員賞与 224.3万円(※)※使用人兼務役員の使用人分も含まれている可能性が高い
社長の月額報酬の分布は、次のような順位になっています。
1位 月額100万円以上150万円未満:39.0%
2位 月額150万円以上200万円未満:16.9%
3位 50万円以上80万円未満:13.6%
4位 80万円以上100万円未満:10.7%
5位 250万円以上:10.2%
6位 200万円以上250万円未満:6.2%
7位 50万円未満:3.4%
統計的に平均値が高くなったのは、150万円以上の高額報酬の割合が合計33.3%いらっしゃると同時に、250万円以上の社長(10.2%)の額がかなり大きかったことが影響しているようです。ちなみに、最高額は次のとおりでした。
社長報酬の最高額は月額562.5万円
70歳、創業者、建設業、従業員数21名〜50名、賞与ゼロ
公表されている上場会社の役員の報酬の最高額に比べたら少ないと思われるかもしれないが、半分税金と考えると、手取額の差額も半分なので見た目ほど変わらないともいえます。
その他にも、上記リンクの資料には非常に有益な情報が記載されています。内容が気にいったら月刊「ニュートップL」、月刊「企業実務」の定期購読も是非検討して下さい。こうした高額報酬のグループに入りたければ、定期購読すると良いかも知れません。
社長の年収が私の出した結論より高いのは、統計が古い時点のものであることもありますが、おそらく賞与の支給がなされていることが原因ではないかと思います。この点については、この記事の最後のところで、少し検討していますので、そこでも確認して下さい。
1−2.「手取り額」と「手残り額」のキホン
中身の詳細を説明していく前に、そもそも「手取り額と手残り額の合計」を最大化するということがどういうことかを説明しましょう。
手取り額はあなたのもの、手残り額は会社のものです。
役員報酬控除前の利益を両者に分けるということは、一見、手取り額を増やすと手残り額が減るという単純な関係を思い浮かべるかもしれません。
確かに両者にはそうした関係があります。
しかし、それに加えて、この両者を双方最大化するということも出来るようになっています。というのも、手取り額に影響を与える要素と、手残り額に影響を与える要素がそれぞれ異なるからです。そのことを表したのが下図です。
手取り額に影響を与える要素は、おもに所得税です。また、社会保険料は手取り額のマイナスになると同時に、所得税を減らす効果(手取り額にプラスの効果)があります。この社会保険が話をややこしくしています。
手残り額に影響を与える要素は、法人税です。こちらは税引前利益(≒所得)の額によって若干の税率の違いがある以外はシンプルです。
繰り返しになりますが、役員報酬の額を決定することにより「手取り額と手残り額の合計」を最大化するためには次の2点の理解が不可欠になります。
- 役員報酬という手取り額の「候補」と税引前利益という手残り額の「候補」は相反する関係があること
- 手取り額と手残り額に影響を与える要素が違うことを利用して、それぞれを多く残すための裏ワザが別途あること
以降は、上記の2点に分けて、「手取り額と手残り額の合計」を最大化する役員報酬を決定するためのメカニズムを、順を追って説明していきたいと思います。(難しい話より裏ワザに興味があるという方は、先に「2.役員報酬を最適化するための5つの裏ワザ」を読んで頂いた方が楽しめるかもしれません。)
1−3.「手取り額」について
あなたの手取り額に影響を与える要素は次のとおりです。
- 所得税率
- 住民税率
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
毎月の役員報酬の支払額の計算方法が解るとご理解頂けると思いますので、独身の35歳の経営者が年収1,200万円(月額100万円)の役員報酬をもらうとして「手取り額」がいくらになるかを計算してみたいと思います。
役員報酬の手取り額=役員報酬(額面)−社会保険料−税金(所得税+住民税)
社会保険料の負担額は、114万円(=健康保険料40,853円×12ヶ月+厚生年金保険料54,169.4円×12ヶ月)になります。
税金の額は、206.3万円です。
給与所得控除230万円(=1,200万円×5%+170万円)
社会保険料控除114万円
基礎控除38万円
∴各種控除合計382万円※独身なので扶養控除・配偶者控除はない。
所得税の額:(1,200万円−382万円)×23%−63.6万円=124.5万円
住民税の額: (1,200万円−382万円)×10%=81.8万円
∴各種税額合計206.3万円
役員報酬の手取り額は約880万円(=1,200万円−社会保険料114万円−税金206.3万円=879.7万円≒880万円)になります。
この計算の中に出てくる所得税率は、課税所得の額によって段階的に代わります。また、社会保険料は役員報酬の額面額が上限額(健康保険117.5万円、厚生年金63.5万円)に達するまで、役員報酬の額面額に応じて定められた料額表(後述)にしたがって増額します。
それでは、続きで、上記の計算要素について個別に中身をみていくことにしましょう。
1−3−1.所得税率について
我が国の所得税法は、「超過累進課税」といわれる方式を採用しています。したがって、税率は、所得の金額が上がると階段状に上昇していくようになっています。
具体的な税率は次のとおりです。
195万円未満 5.0%
195万円以上330万円未満 10.0%−97,500円
330万円以上695万円未満 20.0%−427,500円
695万円以上900万円未満 23.0%−636,000円
900万円以上1,800万円未満 33.0%−1,536,000円
1,800万円以上 40.0%−2,796,000円
この税率をグラフで表したのが下図です。
ポイントは、二つあります。
- 税率は「課税される所得金額」で決まります。額面の金額では決まりません。「課税される所得金額」とは、額面金額から、給与所得控除、基礎控除、扶養控除、社会保険料控除、生命保険料控除などの各種控除額を差し引いたあとの金額です。
- 税額はあくまでも積み上げ算です。課税される所得金額が一定の額を超えると突然税額が高くなるということではありません。
さらに、平成25年から平成49年まで、復興特別所得税が課税されることが決まっています。復興特別所得税の税率は所得税に対して2.1%です。今回のシミュレーション上は、影響が軽微であると考えて、復興特別所得税を実効税率に加味する作業は行いませんでした。しかし、実際に申告する際には当然課税されますので頭の片隅にはいれておいて下さい。
1−3−2.住民税率について
所得税が発生する場合には、住民税も発生します。
住民税率は一律10%です。内訳は、都道府県民税が4%で市町村民税が6%です。
実際に課税される際には、住民税は前年度所得に基づいて当年度の納税額が決まる仕組みになっています。したがって、厳密には、今、検討している役員報酬に住民税が課税されるのは来年です。しかし、来年海外に生活拠点を移して非居住者にでもならない限り、この住民税は支払うことになりますので、今回のシミュレーションでは、所得税と同じタイミングで課税されると仮定して計算しています。
1−3−3.健康保険料について
少子高齢化の影響で、医療費が嵩み、健康保険組合の財政を圧迫しています。その結果として、健康保険料が年々高騰しています。
全国健康保険協会管掌健康保険(以下、政府管掌健保)の平成26年度の料額表(東京)によると料率は次のとおりです。
介護保険に該当しない場合:9.97%
介護保険に該当する場合:11.69%※満40歳の誕生日の前日の属する月から介護保険料(1.72%)が追加発生
※労使折半
健康保険料は掛け捨ての保険なので、これを削減することによって受けられる保険サービスが代わるということがありません。役員報酬がゼロ円の社長と役員報酬が100万円の社長だと、会社と社長が負担する保険料の合計は、毎月91,924円(=97,706円−5,782円)も違うのに、受けられるサービスが同じなのは極めて不公平のように見えますが、これが社会保険制度の根幹をなす相互扶助の精神ということになります。
なお、政府管掌健保以外の職域健保組合に加盟されている場合には、それぞれの健康保険組合で料率が異なります。実際にシミュレーションする際には、自身が加盟している健康保険組合の料率を使って計算してみるようにして下さい。
1−3−4.厚生年金保険料について
少子高齢化の影響で、財政が逼迫しているのは、厚生年金も同じです。厚生年金の保険料率は、平成20年から平成29年の9月まで、毎年0.354%引き上げられ平成29年9月以降は18.3%に固定される予定になっています。
政府管掌の健康保険組合の平成26年度の料額表(東京)によると料率は次のとおりです。
厚生年金料率:17.474%
※坑内員、船員ではない場合の料率です。
※労使折半です。
厚生年金保険料は健康保険料と違って、支払った保険料に応じて、将来受給できる年金の額が変わります。そういう意味では、現役時代にがんばった分は酬われる制度にはなっています。しかし、保険料の納付率は実際は40%程度になっているという話がでるなど、制度的に破綻しているという話もありますので、結果的に健康保険以上の不公平になる可能性すらあります。
なんだか、余談が悉く景気の悪い話で恐縮です。
1−3−5.総負担率の計算について
総負担率というのは、私が考えた造語です。次の算式で計算します。
総負担率=総負担額÷役員報酬の額面
総負担額=(所得税額+住民税額)+(健康保険料(本人負担分)+厚生年金保険料(本人負担分))
ややこしいのは、二種の社会保険料が共に、「手取り額」の計算上はマイナス要素となる一方で、所得税法上の控除項目にもなるため、「手取り額」の計算上プラスの効果(=所得税と住民税を減らす)があるところです。
また、所得税率は「課税所得の額」に応じて連動することを考えると、さきほど「1−3−1.所得税率について」でご紹介した税率をそのまま適用して負担率を計算することが出来ません。「課税所得の額」は額面金額から各種控除を差し引いて計算されます。したがって、額面金額が幾らのときに何%の税率になるかを正確に計算するためは、各種控除の額を「課税所得の額」に加算してやる必要があります。
この計算が文字で書くのは簡単なのですが、実際にやるのは大変です。というのも、各種控除の金額の基礎となる「役員の年齢(→社会保険料控除に影響)」や「家族構成(→扶養控除、配偶者控除に影響)」は人によって様々なので一律に計算することが不可能だからです。
今回は、仮説を立てて計算しています。具体的な条件を示すと次のとおりです(これは先ほどの年収1,200万円の役員と同じ条件です)。
独身の35歳の経営者
非常にややこしいので、これ以上の細かい説明は割愛します(既に相当細かいですが)。
要は単純に税率と社会保険の率を足し合わせて、それと法人税の実効税率と比較しても意味がないということだけは知っておいて下さい。
かく言う私もこの記事を書き出した当初は安易に考えていましたが、いまは記事を書きながら、なぜこのテーマを選んだのかと後・・・(以下、自粛)
気を取り直していきましょう。
上記の全ての内容を加味した負担率を計算すると次のとおりとなります。
180万円未満 18.1%
181万円以上360万円未満 19.0%
361万円以上446万円未満 20.1%
447万円以上636万円未満 21.4%
637万円以上660万円未満 22.8%
661万円以上762万円未満 23.9%
763万円以上1,000万円未満 23.9%
1,001万円以上1,157万円未満 24.5%
1,158万円以上1,375万円未満 25.8%
1,376万円以上1,410万円未満 28.9%
1,411万円以上1,500万円未満 33.4%
1,501万円以上2,083万円未満 35.8%
2,084万円以上 37.0%〜※金額は全て役員報酬の額面(年額)
※負担率は範囲内の中央値を取っている。
1−4.「手残り額」について
手残り額を左右するのは「法人税等の実効税率」です。
1−4−1.法人税等の実効税率について
会社に課される税金の代表格は法人税です。法人税は所得が増えるほど税率が高くなるように設定されています。
法人税の税率は次のとおりである。
所得金額800万円未満:15.0%
所得金額800万円以上:25.5%※中小法人の場合 (軽減税率適用法人)
また会社には、法人税以外にも、事業税と住民税が課せられます。それぞれ内容は次のとおりです。
(前提条件:外形標準課税非適用法人)
- 事業税:法人税と同じく所得を課税標準とする。所得が増えるほど税率が高くなる。
- 法人税割 :法人税を課税照準とする。
- 均等割:従業員数と事業所数を課税標準とする。
上記のうち、事業税と法人税割の税率はそれぞれ次のとおりです。
【事業税】
所得金額400万円未満:2.7%
所得金額400万円以上800万円未満: 4.0%
所得金額800万円以上:5.3%【法人税割】17.3%
※東京都に事業所のある法人
これらの情報を使って、法人税等の実効税率の計算をすると次の通りとなります。
【実効税率】
所得金額400万円未満:21.2%
所得金額400万円以上800万円未満: 22.2%
所得金額800万円以上:35.9%
興味のある方のために実効税率の計算式をご紹介します。ご自身でも当てはめて計算してみてください。
1−5.「手取り額」と「手残り額」の最適バランス
ここから、冒頭の結論の理由を書いていきます。
冒頭にも書いたとおり、今回の結論は永遠に続くものではありません。毎年変化する可能性があります。その点には充分にご注意下さい。あくまでも「現時点の最適バランス」でしかない点に留意して下さい。
また、手取り額の計算は、年齢や家族構成によっても変動します。ここではそういった要素を加味せず計算しています。独身の35歳の経営者をモデルにしています。
(つまり、扶養家族はゼロ(扶養控除、配偶者控除は共にゼロ)、控除は給与所得控除と社会保険料控除(政府管掌健保と厚生年金)と基礎控除のみとして計算している。)
ここで改めて、検討する際に利用する数字を再掲します。
【手取り額:負担率】
180万円未満 18.1%
181万円以上360万円未満 19.0%
361万円以上446万円未満 20.1%
447万円以上636万円未満 21.4%
637万円以上660万円未満 22.8%
661万円以上762万円未満 23.9%
763万円以上1,000万円未満 23.9%
1,001万円以上1,157万円未満 24.5%
1,158万円以上1,375万円未満 25.8%
1,376万円以上1,410万円未満 28.9%
1,411万円以上1,500万円未満 33.4%
1,501万円以上2,083万円未満 35.8%
2,084万円以上 37.0%〜【手残り額:実効税率】
所得金額400万円未満:21.2%
所得金額400万円以上800万円未満: 22.2%
所得金額800万円以上:35.9%
結論1:役員報酬控除前利益が年間600万円以内なら役員報酬で全額(月額50万円)もらった方が得
役員報酬が600万円だと負担率は、およそ21%になっています。法人税等の実効税率も600万円未満だと、21%から22%の間です。ということは、役員報酬控除前利益が600万円未満の場合には、全部「手取り額」にしてしまった方が「手残り額」がゼロだっとしても、両者の合算値が最大値になるということです。
赤字と黒字は大違いですので、ちょうどピッタリ役員報酬で引き出すというのは現実的には無理があります。したがって、決算の着地見込みが600万円前後の場合には役員報酬を500万円程度にしておくのが良いと思います。
結論2:役員報酬控除前利益が年600万円超2,600万円の間は役員報酬は年間600万円(月額50万円)程度に抑えた方が得
役員報酬控除前利益が800万円を超えると実効税率35.9%になります。つまり、22.2%から徐々に35.9%に近づいていくということです。一方で負担率をみると600万円を超えると21%程度から徐々に負担率が上昇し、2,000万円ぐらいになると35.8%になります。
この600万円超2,600万円以下のゾーンで、将来の利益を予測し、ピッタリ役員報酬の最適額を実現することは、現実的には不可能だと思います。
着地見込みと利益の額に100万円のブレも発生しないという方は、上記のデータを使って、ピッタリくる金額を決めて下さい。
私は、このゾーンの場合は、役員報酬は600万円程度でガマンのしどころだと判断します。足りない分は、後ほどご紹介する裏ワザを使って、少しでも手取り額を確保する道を選ぶのが良いでしょう。
結論3:役員報酬控除前利益が年間2,600万円を超えたら役員報酬は年間1,500万円(月額125万円)に向けて上げていくのが得
2013年度から、給与所得控除の額に上限が設けられました。その額が額面1,500万円です。したがって、この額を超えると急激に負担率が増加することになります。
「手取り額」と「手残り額」の合計額を最大化するという観点では上限額は年間1,500万円です。
いきなり1,500万円に上げても別に構わないのですが、600万円と1,500万円の往復をするのは、あまり良くないと思います。
というのも、「1−3−2.住民税率」のところで少し触れたのですが、住民税は1年遅れで課税になりますので、600万円の年収の時に1,500万円の時の住民税を支払うのはキツイです。逆に1,500万円の時はウハウハでしょうが、キツイ思いをする前に念のため、お伝えしておきます。
もちろん、手取り額を増やしたいということであれば1,500万円以上に増やして頂いても問題はありません。「手取り額と手残り額の合計」は少なくなりますが、そういう判断もあると思います。
こういう記事を書くと誤解されるのですが、私は税務と財務の損得でモノゴトの全てを決めるべきだとは思っていません。この結論はあくまでも、「手取り額と手残り額の合計」を最大化するという観点で書いているまでです。この点、税務・財務の観点から合理性のない意思決定を容認しない他の原理主義的専門家とは一線を画しておきたいところではあります。
2.役員報酬を最適化するための5つの裏ワザ
ここまで役員報酬の額を最適化するための基本を説明してきました。ここからは応用編になります。役員報酬を最適化するための5つの裏ワザをご紹介していくことにしましょう。
5つの裏ワザの正体は次のとおりです。
- 出張日当
- 社宅家賃
- 小規模企業共済
- 生命保険
- 退職金
5つの裏ワザは2つに分類されます。
「手取り額」を増やす裏ワザが1から3と5です。
「手残り額」を増やす裏ワザが4です。4と5は密接に関係するので、1から順番に説明していきたいと思います。
2−1.「手取り額」を増やす3つの裏ワザ
手取り額を増やす3つの裏ワザを図で表すと次のとおりとなります。
「1−2.「手取り額」と「手残り額」の基本」のある基本形の図と見比べて頂けると解りやすいと思います。
役員報酬と会社に残す分を減らして行う裏ワザ1,2と役員報酬の一部を利用する裏ワザ3があります。
順番に説明していくことにしましょう。
2−1−1.出張日当
出張旅費規程を定め、出張旅費の実費精算を止めて、出張日当の精算に切り替えることで役員・社員の所得税の節税と同時に法人税の節税が出来ます。ここでいう出張日当とは、出張に伴う交通費、宿泊料と、現地での活動のための実費相当分となる厳密な意味での日当のことです。
たとえば、次のような形で手取りを増やすことが出来ます。
- 出張旅費規程において、出張日当として、新幹線のグリーン車の利用を認めた場合、実際には普通車指定席を利用したとしても、該当する区間のグリーン車料金と実費の差額は所得税法上の給与とはならず課税されない。
- 宿泊料金について1泊15,000円と定めた場合、実際には1泊8,000円のビジネスホテルに宿泊したとしても、差額は所得税法上の給与とはならず課税されない。
- 現地での活動費として、1泊5,000円を支給した場合、実際には、コンビニ弁当で500円で済ました場合であっても、差額は所得税法上の給与とならず課税されない。
問題は、日当の額を幾らに設定するかです。これに関しては、「社会通念上、通常必要と認められる範囲内」としかいえません。なぜなら、税法や通達に金額の記載がないからです。
具体的な金額の設定に関しては顧問税理士に相談して頂くしかありません。私見をまとめると次のような内容になります。
2−1−2.社宅家賃
例えば、家賃30万円のマンションを会社で借り上げて、ここにあなたが住むとしましょう。
あなたの社宅負担金を所得税法に定められた方法で計算したところ5万円だったとします。差額の25万円は会社の実質的な損金になります。この25万円を給与に追加して支給したとしても、法人としての損金の額に変わりはありません。しかし、25万円を給与として支給した場合には、所得税や社会保険料の負担が発生します。となると「手取り額」は25万円より確実に少なくなります。つまり、25万円より多い役員報酬を支給しないと、同じ社宅に住むことは出来ないということです。
社宅を導入することで、あなたの実質的な手取りは増えます。25万円部分は実質的に役員報酬にも関わらず、所得税と社会保険料を負担せずに家賃として充当出来るのです。役員報酬として受け取る部分の所得税と社会保険料の負担も下がるので「手取り額」に与える影響は大きいのです。
(No.2600 役員に社宅などを貸したとき)[平成26年4月1日現在法令等]
役員に対して社宅を貸与する場合は、役員から1か月当たり一定額の家賃(以下「賃貸料相当額」といいます)を受け取っていれば、給与として課税されません。 賃貸料相当額は、貸与する社宅の床面積により小規模な住宅とそれ以外の住宅とに分け、次のように計算します。ただし、この社宅が、社会通念上一般に貸与されている社宅と認められないいわゆる豪華社宅である場合は、次の算式の適用はなく、時価(実勢価額)が賃貸料相当額になります。
(注1)小規模な住宅とは、建物の耐用年数が30年以下の場合には床面積が132平方メートル以下である住宅、建物の耐用年数が30年を超える場合には床面積が99平方メートル以下(区分所有の建物は共用部分の床面積をあん分し、専用部分の床面積に加えたところで判定します。)である住宅をいいます。
(注2)いわゆる豪華社宅であるかどうかは、床面積が240平方メートルを超えるもののうち、取得価額、支払賃貸料の額、内外装の状況等各種の要素を総合勘案して判定します。なお、床面積が240平方メートル以下のものについては、原則として、プール等や役員個人のし好を著しく反映した設備等を有するものを除き、次の算式によることとなります。1 役員に貸与する社宅が小規模な住宅である場合
次の(1)から(3)の合計額が賃貸料相当額になります。
(1) (その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×0.2%
(2) 12円×(その建物の総床面積(平方メートル)/3.3平方メートル)
(3) (その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×0.22%2 役員に貸与する社宅が小規模な住宅でない場合
役員に貸与する社宅が小規模住宅に該当しない場合には、その社宅が自社所有の社宅か、他から借り受けた住宅等を役員へ貸与しているのかで、賃貸料相当額の算出方法が異なります。
(1)自社所有の社宅の場合次のイとロの合計額の12分の1が賃貸料相当額になります。
イ (その年度の建物の固定資産税の課税標準額)×12% ただし、建物の耐用年数が30年を超える場合には12%ではなく、10%を乗じます。
ロ (その年度の敷地の固定資産税の課税標準額)×6%(2) 他から借り受けた住宅等を貸与する場合 会社が家主に支払う家賃の50%の金額と、上記(1)で算出した賃貸料相当額とのいずれか多い金額が賃貸料相当額になります。3 給与として課税される範囲
(1)役員に無償で貸与する場合には、賃貸料相当額が、給与として課税されます。
(2) 役員から賃貸料相当額より低い家賃を受け取っている場合には、賃貸料相当額と受け取っている家賃との差額が給与として課税されます。
(3) 現金で支給される住宅手当や入居者が直接契約している場合の家賃負担は、社宅の貸与とは認められないので、給与として課税されます。(所法36、所基通36-15、36-40~42、平7・4課法8-1外)
2−1−3.小規模企業共済
「小規模企業共済」という小規模事業者向けに、退職金(年金)を積み立てる制度があります。この掛金が所得税の計算上、全額所得控除になります。
最大月額7万円で、年額84万円が所得控除される結果、所得税と住民税を併せて最高税率50%の方の場合、42万円の節税になります。下記の資格要件を満たしているのに小規模企業共済に加入していないのなら、この制度に加入することをオススメします。
- 建設業、製造業、運輸業、サービス業(宿泊業・娯楽業に限る)、不動産業、農業などを営む場合は、常時使用する従業員の数が20人以下の個人事業主または会社の役員
- 商業(卸売業・小売業)、サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)を営む場合は、常時使用する従業員の数が5人以下の個人事業主または会社の役員
- 事業に従事する組合員の数が20人以下の企業組合の役員や常時使用する従業員の数が20人以下の協業組合の役員
- 常時使用する従業員の数が20人以下であって、農業の経営を主として行っている農事組合法人の役員
- 常時使用する従業員の数が5人以下の弁護士法人、税理士法人等の士業法人の社員
- 上記1,2に該当する個人事業主が営む事業の経営に携わる共同経営者(個人事業主1人につき2人まで)
小規模企業共済の凄いところは、次の点です。
- 利回り・・・共済金の予定利率は平成16年4月から1%(表面利回り)です。掛金が全額所得控除の対象になることで、支払った時点で最大100%の利回りを確保されています。
- 受取時の優遇・・・分割受取は公的年金等の雑所得扱い、共済金の一括受取は退職所得扱いになる。
- 共済金を担保に低利融資を受けられる・・・2014年8月末現在利率1.5%
公的年金の雑所得扱いのメリットは、給与所得に比べて高い割合の所得控除が受けられることです。
退職所得扱いになると所得税が極端に安くなります。
退職所得は次の算式によって計算されます。
退職所得=(受け取った退職金―退職所得控除)×1/2
また、税率も退職所得の場合、分離課税といって、給与所得と合算されません。なので高額所得者の場合でも、最高税率を逃れられる可能性があります。
退職所得控除の計算は次のように行います。
- 勤続年数20年以下の場合:40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)
- 勤続年数20年超:800万円+70万円×(勤続年数―20年)
5,000万円を役員報酬でもらうと、所得税と住民税の額の合計は2,200万円強となり、手取額は2,800万円弱となります。これを退職金で勤続35年の社長がもらう場合、退職所得の額は、1,575万円(=(5千万円―8百万円+70万円×(35年―20年))×1/2)となり、所得税と住民税の額の合計は700万円で済んでしまいます。つまり、手取額は4,300万円となり、実に1,500万円強もの差額が出るのです。(計算を分かりやすくするため退職金の額を5,000万円としました。小規模企業共済の共済金は5,000万円には到達しませんので勘違いしないで下さい。)
厳密にいうと、この裏ワザは役員報酬の中から支払うので、他の裏ワザと違って役員報酬の額を決める際にオモテには出てきません。しかし、ご紹介したように、すぐに使える「手取り額」にはなりませんが、将来、もっというと老後に向けて有効な「手取り額」の増加策になります。
経営者の老後資金は誰も心配してくれません。自分で作るとしたら、この制度の活用は絶対に外せないと思います。
2−2.「手残り額」を増やす裏ワザ
「手残り額」を増やす裏ワザを図で表すと次のとおりです。
この方法は、現在の「手残り額」を減らしてしまいますが、将来の「手残り額」を増やします。
その方法が、裏ワザ4の生命保険です。
2−2−1.生命保険
そもそも「手残り額」をなんのために残すかといえば、将来のリスクに備えるためです。将来のリスクに備えるのであれば、次のような理由から、単純にキャッシュで残すよりも生命保険を活用した方が得なのです。
- 生命保険料は損金になるが、キャッシュで「手残り額」を残そうとすると法人税が課税されてしまう。
- キャッシュで「手残り額」を残したところで、配当であれ役員報酬であれ、あなたが引き出したときには所得税が課税される。つまり、「手残り額」を作るということは法人税等を支払ったうえで、将来、引き出す際に所得税を支払うという二重課税を発生させる原因になる。
役員報酬で受け取るということは、税引前利益を減らして法人税等の節税になりますので、「法人税の節税」という観点からのみ考えれば全部引き出した方が得です。それでも、なぜ「手取り額と手残り額の合計」を最大化するという観点で、この記事を書いているかというと、それは会社にキャッシュが全くなければ将来のリスクに対応できないからです。
しかし、リスクに備えるといえば、生命保険という商品があります。役員報酬と同様に生命保険料は損金になりますが、所得税が課税されるということはありません。
したがって、キャッシュを残してリスク対応するよりも、生命保険で簿外にキャッシュを蓄積してリスクに備える方法が有効なのです。
例えば、業績が良いときもあれば悪い時もあります。良いときに全てのキャッシュを引き出してしまえば、多額の所得税を支払って「手取り額と手残り額の合計」が目減りしてしまいます。その後、悪い時が来たときに使えるキャッシュが少なければ倒産してしまうかもしれません。一方で、業績が良いときに生命保険に加入していれば、生命保険料が損金になり法人税節税と所得税の節税ができ、悪い時には保険を解約して解約返戻金としてリスクに対応することが出来るのです。
2−2−2.生命保険の解約と退職金の支払い
本当のリスクは、あなたが急死したときかもしれません。その時、あなたの家族に退職金を支払うためには、退職金の原資が必要です。
生命保険に加入していれば死亡保険金が会社に入ります。その保険金で退職金を支払うことが出来ます。保険金は収益になりますが退職金は費用になるので、保険金と同額以上の退職金を支払えば、会社で追加の法人税は発生しません。
また、「2−1−3.小規模企業共済」でご説明したとおり、退職金は税制面で非常に優遇されているので、多くのキャッシュを家族に残すことが可能になります。
退職金「規程」があっても、支払うキャッシュがなければ、まさに「画に描いた餅」です。
法人税を支払ってキャッシュを手放すよりも、生命保険を活用して、紐付きの状態で簿外に出した方が良いと思います。
あなたに幸いにも不測の事態がおこらない場合には、普通に保険を解約して解約返戻金を原資に退職金を受け取れば良いのです。
3.役員報酬を決めるための注意点
ここまでは「手取り額と手残り額の合計」を最大化するという観点から、役員報酬をどう決めるかという説明をしてきました。
しかし、実際に役員報酬を決めて運用していくにあたっては、上記のフレームワークでフォロー出来ない注意点がいくつかあります。
それを最後にお伝えしたいと思います。
3−1.役員報酬控除前利益の見積もりの困難性
私がここまで皆さんに記事を読んで頂くために伏せてきた重大な問題が、この「役員報酬控除前利益の見積方法」です。
ウェブ上にある他の役員報酬の決め方の記事を見ていると、多くの専門家が、事業計画や予算の作成により適正な役員報酬が決められると書いています。これは本当のことですが、実務的にそれを提言したところで、なんの問題解決にもならないのも事実です。
出来もしない理想を掲げることを、私の尊敬する友人は「専門家の逃げ」と表現しました。
役員報酬を決める方法として事業計画や予算の議論をすることで、役員報酬の話が事業計画や予算の作り方の話にすり替わってしまうのは、役員報酬の決め方に悩んでいる経営者のニーズには全く応えていないことになります。そこで、この記事では、役員報酬の決め方にフォーカスした記事を書くことを選択して、役員報酬控除前利益の見積に関しては何も書かないことにしました。
事業計画や予算の作り方については、必ず別の記事でご紹介させて頂きます。
3−1−1.役員報酬控除前利益は前年実績+αで考える
難しいことを言えば「先生」と言って頂けるのかもしれませんが、解りやすい方が「実になる」というものです。
設立2年目以降の経営者であれば前年実績というものがあります。それにあなたの見込みを+αすることで役員報酬控除前利益をざっくり見積もって頂ければと思います。
現実に、ほとんどの社長がこうした方法で役員報酬の額を検討しています。
経営者の意思で会社が動くので、この数字はそれほどズレた数字でもありません。逆にだからこそ、経営者が事業計画や予算を作ることに大きな意義があるのですが、現実を見据えた対応を今回はさせて頂きます。
3−1−2.役員控除前利益が適当だと最適な役員報酬にならないのか?
前期実績+αで計算した数字が大きく想定とずれれば、確かに最適な役員報酬からズレることもあり得ます。
しかし、事業計画や予算を作っても想定とはズレるものです。
多くの経営者は、想定とズレるから事業計画や予算を作るのはムダというスタンスだと思います。
それを気にするなら、ちゃんとした事業計画や予算を作りましょうというだけのことです。
なお、ズレてしまった場合の対処法については、「3−4.役員報酬に関する資金繰りの上手なやり方」に書きましたので、そちらをご確認下さい。
3−2.キャッシュ・フローへの影響を見極めること
会社経営におけるキャッシュ・フローの重要性については疑う余地はないと思います。銀行融資の返済が滞れば、預金の差し押さえなどを通じて営業継続が難しくなってしまいます。
融資の返済の理想は利益で返済することです。
税引後の利益が返済額を下回るということは、いずれまた追加の融資を受けなければ返済できないということです。これでは、いつまで経っても借入金の残高が減りません。財務の健全性という観点からは、利益での返済を目指したいところです。
そうなると、融資の返済を行うのに必要なキャッシュを確保したうえで、役員報酬の金額の検討を始めることになります。
3−2−1.借入金の返済は税引後利益から行うという重要な話
100万円の借入金の返済をするのに、必要な利益は100万円です。ここでいう利益とは税引後の利益です。
役員報酬は税引「前」の利益から受け取ります。借入金の返済は税引「後」の利益で行います。ということは、借入金の返済額を税引前の利益に「換算」して比較する作業が必要になります。
100万円の借入金の返済をするのに必要な税引「前」利益は、(話を単純化するために)実効税率を40%とすると、167万円(=100万円÷(100%−40%))です。100万円返済するために167万円稼がないといけないという現実を理解して下さい。
3−2−2.借入金の返済に回した残りが役員報酬の原資となる
さきほど説明したとおり、財務健全化を目指すのであれば、借入金を返済するのに必要な利益をまず確保しなければならない。そのうえで、残った額があなたの役員報酬の枠になります。
借入金の返済額は、既に調達した額は当然のこととして、将来調達する額についても、かなり正確に金額を予想することができます。
あなたが欲しい役員報酬の金額と税引前返済額の合計が役員報酬控除前利益の範囲内にないとすると、あなたの役員報酬を減らすか、将来追加の融資を受けて借入金の返済をするかの選択をしなければなりません。
この記事でご紹介したシミュレーションの前後で、設定した役員報酬が会社の財務健全性に及ぼす影響について必ず検討して下さい。
3−3.税法のルールに従い無駄な税金を発生させないこと
役員報酬については、利益調整に利用されないように、法人税法上、厳格なルールが設定されています。
このルールを逸脱すると、逸脱した部分については、役員報酬ではなく「役員賞与」という扱いをし、法人税の計算上、損金不算入とすることになっています。
厳格なルールの主なものをご紹介します。
3−3−1.役員報酬の改定時期について
役員報酬を変更するためには、役員報酬の改定の手続をする必要があります。
役員報酬の改定は、法人税法上、決算期末日後3ヶ月以内に開催される株主総会で行わなければならないと定められています。
これを年に1回改定できるという風に、間違って理解している人がいます。例えば、前期と同じ金額の役員報酬を決算期末日後3ヶ月経過後も支払い続けている場合に、例えば6ヶ月後に役員報酬を増・減額したとすると、確かに改定は年に1回ですが、3ヶ月を経過した後で改定しているので、その増・減額した部分は役員賞与として損金不算入となってしまいます。
3−3−2.「定期同額の原則」について
決算期末日後3ヶ月以内に開催される株主総会で決定された役員報酬を毎月同額で支払っている限り、役員報酬全額の損金算入が認められます。
このルールのことを「定期同額の原則」といいます。
役員報酬は変更できないという人もいますが、これは間違った理解です。
あなたの都合で、途中で金額を変更することは自由です。しかし、その場合には税務上のペナルティーとして、定時定額から外れた部分について、法人税法上は「役員賞与」として損金不算入になるということです。法人税の節税という目的からすると、やらない方が得なだけで、変更出来ないということではありません。
一度決めたら、次の変更まで毎月同じ金額を支給している限り全額損金算入されるというだけのことです。
改定の時期と定期同額のルールは正確に理解しておいて欲しいと思います。
3−3−3.役員賞与になる部分
増・減額した場合に、どの部分が役員賞与になるかを表したのが次の図です。
増・減額をしたからといって、全額が役員賞与になるわけではありません。この点を確認しておいて下さい。
なお、諸事情があって、どうしても期の途中で大幅に役員報酬を改定したい場合には、決算期変更を検討して下さい。
詳細は「もう悩まない!設立初年度の役員報酬の決め方」に詳しく記載されています。
決算期変更は金融機関等の評価が下がるということをいう人もいます。決算期変更後の決算期末日後3ヶ月以内に株主総会を開催して役員報酬を改定すれば、「少なくとも」税法の条文上は問題ありません。
根拠もなく評価が下がるという人のいうことを聞くのか、ルールに従ってやるのかは、あなたにお任せします。
ちなみに、私のお客様で決算期変更によって融資が借りにくくなったという事例はありません。
3−4.役員報酬に関する資金繰りの上手なやり方
さきほど説明したとおり、役員報酬は定期同額の原則にしたがって、一度決めたら基本的に1年間は固定する必要があります。
しかし、現実的に「会社の資金をあなたの個人的資金需要に利用したい。」「会社の資金繰り上、今月は役員報酬を支払えない。」ということはあるでしょう。
こういう時に、増・減額をしてしまうケースがあります。解っている人からみたらあり得ないことですが、解らない人にとっては止むに止まれぬ対応のようです。
実務的には、増額したいケースについては「役員貸付金」を検討し、減額したいケースについては「未払役員報酬」を検討するようにしましょう。
3−4−1.増額ではなく「役員貸付金」の活用
役員報酬が足りなくなったら、会社から資金を借りて下さい。
借りた資金は「定時定額の原則」から外れないように、適正な手続で増額された来期の役員報酬から「天引き」で返済すれば良いでしょう。
代表取締役であるあなたが会社から資金を借りるので、利益相反取引に該当します。したがって、臨時株主総会を開催し、この金銭消費貸借契約について承認を受けておけば手続的にも安心でしょう。当然、決議にかけるので、金銭消費貸借契約書を予め作成したうえで株主総会に臨みましょう。この金銭消費貸借契約は、臨時株主総会での承認を得られた場合に効力発生(=資金移動の開始)という停止条件付き契約になるでしょう。
なお、この際、必ず利息は支払って下さい。税務的な観点からは、自社の借入金の加重平均の利息を支払うのが理想ですが、少なくとも短期プライムレート程度の利息を支払うようにして頂きたいと思います。
3−4−2.減額ではなく「未払役員報酬」の活用
支払えない額は未払役員報酬として会計処理しましょう。
この方法をとると、損益計算書上の役員報酬の額が減らないので、会社の利益は赤字になってしまうのが欠点です。しかし、役員報酬を払わなければ、一番大事なキャッシュ・フローが悪化することはありません。
逆に、役員報酬を安易に減額したことで「役員賞与」と認定されれば、その分、法人税等の増加によるキャッシュ・アウトが発生してしまう可能性があります。業績が悪いならば、こちらの方こそ避けなければならない事態でしょう。
3−4−3.本当に「減額しなければならないケース」とは
減額しなければならないケースは実際にはあり得ると思います。
しかし、そうしたことは税務署も理解しています。法人税法上の減額が認められるケースが減額しなければならないケースになっています。逆にいえば、このケースに該当しないのであれば、未払役員報酬にしておけば良いということになるでしょう。
例えば、役員給与に関するQ&Aによると次のような場合の減額改定は、減額しても全額損金算入できるとされています。
- 株主との関係上、業績や財務状況の悪化についての役員としての経営上の責任から役員給与の額を減額せざるを得ない場合
- 取引銀行との間で行われる借入金返済のリスケジュールの協議において、役員給与の額を減額せざるを得ない場合
- 業績や財務状況又は資金繰りが悪化したため、取引先等の利害関係者からの信用を維持・確保する必要性から、経営状況の改善を図るための計画が策定され、これに役員給与の額の減額が盛り込まれた場合
減額が頭をよぎったら、役員給与に関するQ&Aを熟読し対応するようにして下さい。
3−5.最後に慣例となりつつある「悲しいお知らせ」
私の長い記事は、かならず議論の最後に「悲しいお知らせ」をすることが慣例になりつつあります。
ウソをつくのは言語道断ですが、本当のことをお伝えするというのも結構ツライです。
3−5−1.あなたのモチベーション
私はモチベーションという言葉が大嫌いです。なぜなら、経営者はモチベーションに関係なく、やるべきことをやらないといけないからです。やるべきことであればモチベーションが高かろうが低かろうが関係ないのです。やるしかありません。
しかし、一般論でいえば、沢山役員報酬を貰えた方がやる気になります。モチベーションという言葉が大嫌いな私も、沢山報酬が貰えるとなったら、俄然やる気がわいてしまいます。厄介なものです(笑)。
こうした「現実」を踏まえるとモチベーションが沸かないほど低い金額にすることは出来ません。
それなりの役員報酬というになると、「1−1.役員報酬の世間相場について」の他の社長との比較と共に、サラリーマンとの比較というのも重要になるでしょう。
リスクをとって起業したというのに、サラリーマンの給料よりも役員報酬が低いのでは、やる気が出なくても仕方がないと思います。
直近(平成24年度)のサラリーマンの平均年収は409万円とのことです(出典:年収ラボ)。
最低でもこの金額を超えたいでしょう。直近だと平成9年に同年収は467万円を記録しています。ということは、年収500万円を最低として、さらにその上を狙っていくということがモチベーションを保つうえでの最低条件となるように思います。
わたしが提案した、「結論1:役員報酬控除前利益が年間600万円以内なら役員報酬で全額(月額50万円)もらった方が得」はギリギリこの基準をクリアしています。
しかし、皆さんはどうでしょうか?
これでは、やる気がでないという方も多いでしょう。
これまでの議論が水の泡になるのを覚悟で書きますが、税金や社会保険料が高いとはいえ、全部持ってくわけではありません。
あなたが展開されている事業が社会に貢献するものであると信じていますので、がんがん稼いで、がんがん事業を広めて頂いて構わないと思います(言っちゃいました)。
3−5−2.他の役員・社員の納得感
役員報酬の額を決めるうえでは、他の役員・社員の納得感も大事にしなければなりません。あなた一人の会社であれば気にする必要は当然ないのですが、そういうワケにはいきません。
一人社長の会社の場合はこの記事の前半の内容を実践して頂いても大丈夫だと思います。この記事は、私が役員報酬の決め方について知りうる限りの方法を検討し提案させて頂きましたので、理論的には話は成立していると思います。しかし、「そうは言っても」というのが現実世界です。関与する人が増えると理屈では間違っていなくても、通らないことが増えます。役員報酬はその典型的な問題を孕んでいます。
あなたの役員報酬だけがどんどん増加をしていって、他の役員・社員の給料は全く増えないということだと、組織が破綻する可能性が増えるでしょう。一方で、会社の業績が悪化した場合には、いち早くストップするのはあなたの役員報酬です(よね?)。したがって、他の役員・社員と同じベースで考えるのも不合理です。
大事なことは、こうした危機対応時の取り扱いの違いを明確にすることだと思います。これさえ納得すれば、役員報酬が出せるときには多くもらい、出せない時にはストップするということで理解が得られるのが普通です。これが理解出来ない社員はクレーマーと言われても仕方がないでしょう。
他の役員や社員は会社を辞められても、あなたは会社を辞められません。独善的になってはいけませんが、そのことを理解できる仲間と仕事をするようにしたいものです。
仲間という意味では、自分だけが特別の恩恵を受けることを出来るだけ減らす必要があります。会社を私物化しないということです。
例えば、会社でクルマを購入することが節税対策の一つとされています。しかし、この車両を個人的な用途で頻繁に利用しているとしたら、そもそも会社の経費として疑わしいばかりか、給料の手取り資金の中でクルマを購入しなければならない他の社員からすると批判の対象になりかねません。そして、この批判は的を得ていると思います。
一般的には、他の役員・社員は、あなたの役員報酬の額よりも、こうした公私混同や私的流用の方に厳しいと思います。他の役員・社員の納得感を重視するなら、その分、税金や社会保険の社外流出は増えてしまいますが、(半)私物の購入をするなら、役員報酬の額面を高くする方を選択されることをオススメします。
3−5−3.役員報酬は人間臭い
「1−1.役員報酬の世間相場について」 をもう一度見てみたいと思います。
会長:1,200万円〜1,400万円
社長:1,700万円〜2,000万円
専務:1,200万円〜1,350万円
常務:1,100万円〜1,200万円
取締役:900万円〜1,100万円
監査役:280万円〜340万円調査母集団:月刊「ニュートップL」月刊「企業実務」の読者7,000社
調査時期:2010年7月
これを見ると、非常に綺麗に序列が出来ていることが解ります。
そして、社長の年収は私の「結論3:役員報酬控除前利益が年間2,600万円を超えたら役員報酬は年間1,500万円(月額125万円)に向けて上げていくのが得」を超過しています。
つまり、きれい事や理屈ではなく、平取締役より常務取締役、常務取締役より専務取締役、専務取締役より社長の方が報酬が高くなくてはいけないのです。(会長が社長より低いのは、会長が実務を仕切っているということはなく、顧問とか名誉的な部分で残っているケースの方が多いからだと思います。)
平取締役に1,000万円支払うということになると、自然と社長の年収が高くなるということがあるのでしょう。
しかも、賞与を支払っている会社が4割もあるそうです(但し、使用人兼務役員の使用人部分も含む)。それを考えると、もはや損得の話ではありません。
私のお客様でも、どうしても役員賞与を止めて下さらないお客様がいらっしゃいます。それでも「節税したい」と仰います。
賞与が欲しいんだと思います。がんばったご褒美に。
私は、こういう考え方は嫌いではありません。税務・財務の有利不利は経営判断の絶対的基準にはならないからです。リスクや損失は管理すれば良いのです。
役員報酬に関して私がお伝えできることはこれで終わりです。
長文を読んで下さり、ありがとうございました。
この記事が、あなたの役員報酬を決める際に少しでもお役に立てたらうれしいです。
※本文の内容については、全て2014年8月現在の法令等に基づいて記載しています。
山口 真導
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