中小企業の経営者が最低限知っておくべき財務諸表の仕組み

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私は公認会計士であるにも関わらず、財務諸表(決算書)が解ったと思えたのは、公認会計士になってから2年後くらいのある日でした。ある上場会社のキャッシュ・フロー計算書を作成しているときに、突然解ったのです。(ちなみに公認会計士になるためには会計士補(当時)になる必要があります。会計士補として就職してから数えると実に5年の月日が経っていることになります。)

恥ずかしくて申し分けない話ですが、当時は財務諸表(決算書)が理解できていないという認識もなく、解った気になって仕事をしていました。だから、財務諸表が読めない。決算書が解らないという経営者の方のお気持ちは、簿記や会計はカンタンだと主張する方達よりも理解出来ていると思います。

だいたいモノゴトをカンタンだという人の説明の方が難しいものです。だから、書店に置いてある本を読んで解らず仕舞いなのも解ります。

私は財務諸表(決算書)の理解は、かなり難しいと思います。

そう思っている私がその理解の仕方を書いたらお役に立てるのでは?というところが、この記事の発端です。

この記事を通じて、あなたが財務諸表(決算書)の世界の扉を開けて、その中に入って頂けるように説明していきたいと思います。

Contents

0.財務諸表(決算書)を学ぶ目的について

私は最近出版させて頂いた著作(処女作)において、「決算書は経営に使えない」と、つい「本音」を書いてしまいました。

私は世の中の経営者のうち9割の方は財務諸表(決算書)を読める必要はないと思っています。つまり、ほとんどの方は財務諸表(決算書)が解らないからといって問題はありません。9割というのは根拠があります。日本に締める従業員数20名未満の会社の割合が9割といわれているからです。

あなたがこの9割に含まれるのであれば、財務諸表(決算書)が良く解らないということが経営におけるウィークポイントにはなりません。この9割の経営者は、自社の取引の全てを把握出来るはずなので、そちらをつぶさに分析し検討したうえで改善して頂けば良いのです。決算書を使って経営するというのは、まどろっこしくて非効率です。

0−1.9割の経営者に財務諸表(決算書)の理解が不要な理由

世間の常識では、財務諸表(決算書)から会社の状況を読み解く必要があり、そこから打ち手を考え実行していくというのが経営だと言われています。

これは1割の経営者の話です。

9割の経営者は、その気にならなくても、自社の状況を取引レベルで解っているものです。つまり、わざわざ取引の実態を財務諸表(決算書)という形に変換されたものから推測する必要はないのです。9割の経営者が自社の状況を取引レベルで解っているのに会社が成長しないのは、その取引に対して、問題意識を持って検討し、改善していくというプロセスが行われていないということです。

したがって、9割の経営者が財務諸表(決算書)が読めないことを問題視するのは、問題のすり替え、現実逃避であって、時間の無駄でしかありません。

まずは、そうした正しい理解をして頂きたいと思います。

とくにビズ部は、この9割の経営者を対象読者として設定していますので、そこを間違えないようにしたいと思います。

0−2.1割の経営者が財務諸表(決算書)の理解が必要な理由

残りの1割の経営者にとって財務諸表(決算書)は必要不可欠なものです。

20名を超えて100名近くになってくると、自社の状況の全てを把握するということは難しくなります。そうなると毎月作成される月次決算書は、1割の経営者にとって貴重な全体把握をするための手段になります。

また、100名近くになれば、経理の組織や財務担当の部長や役員もいるので、こうしたメンバーが共通の情報基盤として財務諸表(決算書)を利用するメリットが発生します。

例えば、取締役会で社長であるあなたが在庫の金額が増えていることが問題だと指摘したとします。すると、財務担当役員は経理課長に在庫の増加要因について調べるように指示を出します。指示を受けた経理課長は、経理課のメンバーに、在庫の種類別の月次の金額の推移表の作成を指示します。その内容を経理課長が要約をし、財務担当役員に説明しますが、その際、それを聞いた財務担当役員と課長との間で質疑応答の末に社長報告用の資料を完成させ、財務担当役員が社長に報告します。

とまぁ、こんな感じで対応できる組織があって初めて財務諸表(決算書)が経営するうえで威力を発揮するのです。

ちなみに、9割の会社の経営者であるあなたが在庫の金額が増えていると社内で呟いたとしましょう。おそらく、社員は誰も反応しないと思います。

在庫の金額が増えていること自体は、事務所内の段ボールの数を見れば解ったりするので、社員は誰も反応しないのです。当たり前過ぎて答える気すら起きません。

経営者ゴッコをしていると社員から笑われないように気を付けて下さい。

0−3.9割の経営者が財務諸表(決算書)を理解して得られるメリット

しかし、9割の経営者が財務諸表(決算書)を知らなくとても全く支障がないかというとそういうこともありません。

この9割の経営者が財務諸表(決算書)を理解することでメリットを得られる場面としたら、銀行交渉の場面だと思います。

銀行員は、あなたが全ての取引を把握してその詳細を説明する内容より、決算書の数字をベースにして判断するからです。ですから、あなたが財務諸表(決算書)を理解して、銀行はあなたの会社をどのように見ているのか理解するという点においては、財務諸表(決算書)の理解というものが役に立つのです。

そもそも、財務諸表(決算書)は、銀行や株主、税務署など、会社の外部者が、複数の会社を比較する際に利用するために開発・発展されてきたものです。それを考えると、こうした第三者とのやり取りの際に、財務諸表(決算書)の理解が役立つことは明らかでしょう。

このような背景を理解せずに、9割の経営者に対して財務諸表(決算書)が読めないと経営出来ないというスタンスでいる専門家は問題があると思います。

しかし、現実には、銀行、株主、税務署向けの内容のものに、経営者向けのタイトルを付けて出版されている多数の財務諸表(決算書)関連の書籍を見ると、その不誠実さに怒りすら覚えます。

 

これから、あなたが従業員20名未満の9割の会社の経営者であるという前提で、財務諸表(決算書)を理解するために必要な最低限の財務諸表(決算書)の仕組みを解説してきます。つまり、これ以降の話は経営に財務諸表(決算書)を活かしましょうではなく、「財務諸表(決算書)はこういうモノだ。」といえるような本質的な話です。

また、近い将来、あなたの会社が成長して、財務諸表(決算書)を経営に活かす場面が来ると思います。その日に向けた助走として読んで下さい。

あなたが1割の経営者で財務諸表(決算書)が理解出来ずに困っているとしたら、好都合です。この記事を通じて、本質的な理解ができるでしょう。

それでは、具体的な内容に入っていきましょう。

1.財務諸表(決算書)とは

2014年9月現在、財務諸表(決算書)と呼ばれるものとしては、次の5つの種類があります。

  1. 貸借対照表
  2. 損益計算書
  3. 株主資本等変動計算書
  4. 包括利益計算書
  5. キャッシュ・フロー計算書

1−1.財務三表一体理解は難しい

決算書がスラスラわかる!財務三表一体理解法(以下、財務三表一体理解法)という名著が存在します。私はこの本を初めて読んだ時、「やられた」と思いました。私の財務諸表(決算書)に関する理解の仕方と一致していたからです。

財務三表というのは、上記の5つの財務諸表(決算書)のうち、次のものを差しています。

  1. 貸借対照表
  2. 損益計算書
  3. キャッシュ・フロー計算書

上記5つのうち、この3つが主要な財務諸表(決算書)だからです。

財務三表一体理解法では、ある取引が、この3つの財務諸表(決算書)にどのように記録されるのかを、順を追って説明する内容で、具体的に財務諸表(決算書)のことが理解出来ます。実際、かなりの部数売れた本だと思います。

私は多くの自社の社員にもこの本を薦めました。しかし、反応はイマイチでした。「難しい」と言われたのです。一般人の方は沢山この本を買ったのでしょうが、会計事務所の職員をして難しいということは、結構、難しいんだと思います。

この本でも難しいとしたら、どう説明すれば解るのか?また新たな課題が突きつけられました。

1−2.ビズ部式「財務一表これだけ理解法」

そこで私が考えたのが、「財務一表これだけ理解法」です。

財務一表とは、貸借対照表のことです。

というのも 、この5種類の財務諸表はそれぞれ個別に存在するのではなく、「貸借対照表を頂点として」、それぞれ関連性をもって存在しているからです。

「貸借対照表を頂点として」というと、まだそれぞれが別個のもののような印象を与えてしまうかも知れません。

極論を言えば、「財務諸表(決算書)はこの世に一つしか存在せず、それは貸借対照表である」ということです。

それ以外の4表はいずれも、貸借対照表だけでは分かりづらい、貸借対照表の項目の「増減」を表すために派生したものです。

いわば貸借対照表の「おまけ」です。

こうした発想で整理すると、財務諸表(決算書)の話は、非常にシンプルになるのです。 

2.ビーエス・イズ・キング

貸借対照表のことを、ビーエスと読びます。

貸借対照表は英語でBalanceSheetと呼ばれるので、その頭文字をとって、ビーエスです。

さきほど説明したとおり、このビーエスが財務諸表(決算書)を理解するうえでは、全てです。

だから、財務諸表(決算書)を語る際には、ビーエス・イズ・キングという風に覚えてください。

ここからは、この貸借対照表を詳しく見ていくことにしましょう。

しばらく、初歩的な内容が続きますが、ここが一番大事なところですので、ガマンしてお付き合い下さい。

2−1.貸借対照表を構成する三要素について

貸借対照表は、次の三要素から構成されています。

  1. 資産
  2. 負債
  3. 純資産

この3つが必ず次の関係を持っているのが特長です。

資産≡負債+純資産

図で表すと下記のようなイメージです。

それぞれの要素のボックスの高さが数値の大きさを表していると考えて下さい。

N期BS

上図のように、資産7=負債3+純資産4の関係が常になりたっているのが貸借対照表で押さえておく必要のある最重要ポイントです。

2−2.なぜ、「資産≡負債+純資産」が成立するのか

次に、三要素がなぜタイトルにあるような恒等式の関係になるのかについて、説明したいと思います。なお、恒等式とは、wikipediaによると、そこに現れるあらゆる変数がどのような値にあっても、常に等号で結ばれた左右二つの数式の “値” が等しいもののことをいいます。つまり、「資産」と「負債と純資産の合計」は必ず一致するのです。

その為には三要素が何なのかを理解しておく必要があります。

2−2−1.資産とは何か

資産とは、経済的利益であるといわれます。

あなたは会計士や税理士を目指しているわけではないと思いますので、難しく考えずに「キャッシュと買ったモノ」くらいに理解しておけばOKです。

2−2−2.負債とは何か

負債とは、経済的負担であるといわれます。

こちらも資産の場合と同じで、簡単に「他人から借りたモノ」くらいの理解で問題ありません。他人から借りたモノなので返さなければならないのもポイントです。

2−2−3.純資産とは何か

純資産は、資産と負債の差額といわれることが多い概念です。

しかし、純資産が資産と負債の差額なら、先ほど説明した恒等式は必ず成立してしまいます。これでは説明のための説明になってしまうので、この記事の中でいう純資産は、まずは「資産でも負債でもないもの」という風に理解して下さい。

取引を会計的に表す場合に、資産と負債は間違えないようにすれば、それに該当しないものは純資産という扱いでも、正しい決算書を作ることが出来ます。

もう少し積極的に定義していくとすれば「元手と利益」という言い方も出来ます。

元手と利益は、会社の持ち主である株主の持ち物です。他人から借りたのではなく、株主が払い込んだり、会社が稼いだりしたモノなので、誰かに返す必要がありません。しいていえば、株主に返す必要があるモノです。

2−2−4.負債と純資産の類似性、両者と資産の相違

負債と純資産は、上記の貸借対照の図でも恒等式の右辺でも、仲良く並んでいます。

この二つには共通の側面があるからです。

それは、キャッシュの「調達」という側面です。

負債は、他人から借りてきたものであり、純資産は株主から払い込まれたり会社が稼いだりしたものです。

これらは、いずれも会社にキャッシュをもたらす源泉です。

したがって、貸借対照のうち、負債と純資産で構成される側を「調達」サイドと呼びます。

一方で資産は、調達したキャッシュをどう使ったのかを表すので、調達に対応する呼び方として「運用」サイドと呼びます。

N期BS2

2−2−5.「ない袖はふれない」から恒等式が成り立つ

運用は調達してきた資金の範囲内でしか出来ません。

したがって、資産には調達した資金を使ったことによって発生した「資産」と使わなかったことによって残ったキャッシュが「資産」として集計されることになります。

会計の世界は現実世界を一定のルールによって表現した世界です。

したがって、現実世界と同様に「ない袖はふれない」のです。

このような理由で、必ず資産≡負債+純資産が成り立つのです。

3.貸借対照表とその他の財務諸表(決算書)との関係について

貸借対照表の構造が理解出来たところで、ここから貸借対照表とその他の財務諸表(決算書)の関係を説明していくことにしましょう。

3−1.貸借対照表の欠点を補うのが、その他の財務諸表(決算書)の役割

貸借対照表には、その性質上、一つの大きな弱点があります。

貸借対照表は、ある一定時点での資産と負債と純資産の状態を表すことが出来ますが、それぞれの増減を表現する術を持ちません。

ここが唯一の弱点なのです。

その時点毎の会社の状況を一つの財務諸表(決算書)で表すことが出来るという唯一無二の利点の陰で、「どういう理由でその状態になったのか」を表すことが出来ないのです。

そこで、こうした弱点を補うために、最初に損益計算書が発明され、その次に、キャッシュ・フロー計算書が発明され、最近になって株主資本等計算書や包括利益計算書が加わってきたのです。

3−2.貸借対照表と株主資本等変動計算書との関係について

 貸借対照表の構成要素のうち、純資産の増減を表現しているのが株主資本等変動計算書です。

いまN期からN+1期で成長している会社の貸借対照表をイメージして下さい(下図参照)。

N期SS

 

株主資本等変動計算書は、N期とN+1期の間で生じた「株主資本の増減」と「その他の包括利益の増減」(と「少数株主持分の増減」)によって構成されます。

N+1期の期末時点では、貸借対照表によって、その時点での株主資本の額や包括利益の額は把握出来ますが、これらが、N期末からいくら増えたのかが解りません、この増減の内訳を把握するために、株主資本等変動計算書を作成するのです。

3−3.株主資本等変動計算書と損益計算書との関係について

株主資本等変動計算書の株主資本の増減の中の利益剰余金の増減理由の一つが当期純利益です。

図解すると次の様なイメージです。

 N期損益計算書との関係

株主資本変動計算書における当期純利益の増減額だけ解れば良いというのであれば、損益計算書は必要ありません。

しかし、なぜ、それが増えたのか、そして、なぜ減ったのかを、それぞれの要因に分けて理解したいと考えると、別の財務諸表(決算書)が必要になります。そこで作られているのが損益計算書なのです。

例えば当期純利益が100だということが株主資本等変動計算書で把握出来たとします。

その100を、売上500、営業外収益20の合計520の増加要因と、売上原価200、販売費及び一般管理費150、営業外費用70の合計420の減少要因に分解して表示したのが損益計算書というわけです。

ネット100の当期純利益を、プラス520とマイナス420にグロスアップしたというと解りやすいかもしれません。

3−4.株主資本等変動計算書と包括利益計算書との関係について

包括利益計算書が良く解らないという人は多いと思います。おそらくグーグルで検索してこの記事に到達する人も多いと思いますが、ご期待に応えようと思うと、この記事の対象読者の方を無用に混乱させてしまいます。ここでは簡単にご説明させて頂きます。

今回の記事の文脈で、多少理論的にはおかしいことを承知でご紹介するならば、包括利益計算書は、親会社概念を前提として、資産・負債の含み損益を一度に実現させた場合に、損益計算書の利益がどうなるかを表している計算書です。

株主資本等変動計算書との関係においては、包括利益計算書に表示される額の増減(のうちの一部の親会社持分)が株主資本等計算書の包括利益の増減と一致するという関係があります。

今回の説明の流れに合わせて端的に説明すると、株主資本等変動計算書は、「株主資本の増減」と「その他の包括利益の増減」(と「少数株主持分の増減」)を表していて、その株主資本の増減の中の利益剰余金の増減理由の一つが当期純利益だということです。

Statement of comprehensive income

ここは難しいので、良く解らなくても、それほど気にする必要はありません。中小企業の場合、作成している会社は、ほとんどないと思います。

3−5. 貸借対照表とキャッシュ・フロー計算書との関係について

会社を経営するうえで一番大事な数字は、貸借対照表に計上されているキャッシュの残高です。

貸借対照表には、その時点毎のキャッシュの残高が表示されますが、それがどのように増減したかは貸借対照表だけで把握することは出来ません。そこで、この増減を把握するために作られるのがキャッシュ・フロー計算書です。

これを図解すると次のようなイメージです。

N+1期キャッシュ・フロー計算書イメージ

 

資産の増減のうち、キャッシュの増減を表すのがキャッシュ・フロー計算書です。

キャッシュ・フロー計算書では、単にキャッシュの増減額を表すのではなく、キャッシュ・フローを営業キャッシュ・フロー、投資キャッシュ・フロー、財務キャッシュ・フローの3つに区分して表示します。

例えば、キャッシュの増減額がプラス50だった場合に、これを営業キャッシュ・フローがプラス200、投資キャッシュフローがマイナス50、財務キャッシュフローがマイナス100という風に、それぞれの区分にキャッシュの増減額を分類するのです。この分類によって、キャッシュ・フローの増減理由を把握することが出来るようになります。

ここでは資産の増減からだけキャッシュ・フロー計算書を捉えましたが、実はキャッシュ・フロー計算書は負債や純資産とも密接に関連しています。

そのことを簡単な数値例を使って説明してみましょう。

次の図を見て下さい。

N+1期キャッシュ・フロー計算書(数値例)

この図中の数字を使って、キャッシュ・フロー計算書を作成してみましょう。

キャッシュの増減額2=純資産の増減額3(=7−4)−資産(キャッシュ以外)の増減額1

この数値例では、話を単純にするために負債の増減をゼロにしましたが、仮に負債に増減があっても、貸借対照表のキャッシュ以外の増減額を利用してキャッシュの増減額を求めることは可能です。

貸借対照表で必ず資産≡負債+純資産が成り立つということは、資産の一部であるキャッシュの増減について、その他の項目の増減で計算出来ることは数学的に明らかです。

実は、キャッシュ・フロー計算書を作る際には、この性質を利用して作成するのです。キャッシュ・フロー計算書の作成方法について、もう少し詳細に書いた記事があります。興味のある方はそちらもご参照下さい(長い記事の後半8−1以降に記載されています。))

3−6.貸借対照表とその他の財務諸表(決算書)の関係のまとめ

私がビーエス・イズ・キングと表現したとおり、貸借対照表を頂点として、その他の財務諸表(決算書)との階層構造があることがご理解頂けたと思います。

財務諸表(決算書)を理解するためには、まずはこの構造の理解が不可欠です。

しかし、ここまでの説明は、貸借対照表を頂点にして財務諸表(決算書)が構成されているという説明に過ぎません。

より積極的にビーエス・イズ・キングを説明していくために、貸借対照表しかない世界にいってみたいと思います。

4.貸借対照表が唯一無二の財務諸表(決算書)である理由

 この世の中に貸借対照表しかなくても大丈夫な理由を説明します。

ちょっと簿記的な話になる部分がありますが、ご容赦下さい。

4−1.貸借対照表しかない世界で帳簿を付けるとしたら、、、。

あなたは貸借対照表しかない世界で、りんごを販売するビジネスを始めました。

4−1−1.会社設立時の出資の処理

元手として10円を会社に現金で払い込みをしました。

まず現金10円については資産の増加で文句はないでしょう。

次に、資産≡負債+純資産は恒等式なので、必ず成立することを考えると資産が10円増加したら負債か純資産が10円増加しなければなりません。

この10円は負債でしょうか、純資産でしょうか。

この10円は他人に返さなければならないものではないので、消去法ではありますが、純資産が10円増えることでしょう。

これで会社の営業を開始する準備が整いました。

N期BSリンゴ屋設立

4−1−2.りんご販売時の処理

拾ったりんごを現金100円で売ったあなたの会社の貸借対照表はどうなるでしょうか。

まず、現金100円が入って来たので資産の100円の増加を記録するでしょう。

出資の場合と同様に、資産が100円増加したら負債か純資産が100円増加しなければなりません。

この100円は負債でしょうか、純資産でしょうか。こちらも消去法ではありますが、くれた相手に返すわけではないので純資産が100円増えることでしょう。

この時貸借対照表は次のようになります。

N+1期BSりんご販売時

ここでは、非常に簡単な例でお話しましたが、上記のとおりで、貸借対照表だけしかない世界でもちゃんと帳簿をつけることは可能ですし、このN+1期の貸借対照表は紛れもなく正しい貸借対照表になっている点がポイントです。

4−2.損益計算書しかない世界はあるのか?

ちょっと簿記が解る人なら、4−1−2の取引例なら100円は売上じゃないのか?と思ったでしょう。

貸借対照表には資産と負債と純資産の三要素しかないので、貸借対照表しかない世界では、売上ではなく、純資産としなければならないのです。

売上は損益計算書が存在する世界の概念なのです。

では、損益計算書しかない世界で上記の取引を表現することは出来るでしょうか。

4−2−1.会社設立時の出資の処理

損益計算書しかない世界で表現するためには、その取引が次の項目のいずれかに該当する必要があります。

  • 売上
  • 売上原価
  • 販売費及び一般管理費
  • 営業外収益
  • 営業外費用
  • 特別利益
  • 特別損失
  • 法人税、住民税及び事業税

これらはいずれもフローの概念であり、現金のようなストックのものを表現する余地はありません。

したがって、現金も出資もどこにも記録し表現することが出来ないのです。

4−2−1.りんご販売時の処理

りんご販売時には売上が100円発生します。

これは損益計算書の世界に記録することが可能です。

しかし、入って来た現金100円を表現することは出来ません。

経営上一番重要なキャッシュを記録することは不可能なのです。

結局、損益計算書しかない世界というのは完全性がない世界であり、貸借対照表は損益計算書を必要としないけれども、損益計算書は、必ず貸借対照表を必要とする概念なのです。

4−3.損益計算書を貸借対照表と同時に作る理由

現実の会計処理は貸借対照表だけを作るということはなく、損益計算書も同時に作成していきます。

現実世界では、損益計算書の作成は不可避であり、同時に作成した方が効率的だからです。

結局、損益計算書の各項目は、一つ一つの取引から成り立ちますので、これをとりあえず純資産という風に集計したものを、あとから損益計算書の各項目に分類するよりも、最初から細かく処理しておいた方が時間がかからないからです。

損益計算書は株主資本等変動計算書を中継するものの純資産の増減の一部であることに変わりはありません。

ということは、純資産として処理する部分を、損益計算書の概念を使って処理することで、記録したモノをそのまま損益計算書として利用できるのです。

事例が簡単過ぎたかもしれませんが、N期に10円だった純資産がN+1期に110円になりました。

この増減額100円は紛れもなく、りんごを販売したことによる売上100円です(拾ったリンゴを売ったので原価ゼロで利益も100円)です。

この100円を純資産として処理したうえで、後から売上として表示するよりも、最初から売上として処理するということです。

この処理の結果作られる決算書を「試算表」といいます

イメージを図解すると次のようになります。

試算表その1

この試算表には、会社の取引の取引の全てが、純資産の増減内訳も合わせて表示されます。

つまり、貸借対照表の弱点を補っているということです。

学者さんによっては、ティービー・イズ・キングという人がいるくらいです。
(試算表のことを英語でTrialBalanceと呼ぶのその頭文字をとって、ティービーと呼びます。)

会計ソフトによっては、試算表様式で資料が出力できるものがあります(勘定奉行など)。

そうしたソフトを利用されている場合で、取引の全てを利益の増減内訳も含めて理解したいというのなら、この試算表を出力して内容を確認することが出来ます。

4−4.試算表を二つに分けると貸借対照表と損益計算書になる

実は、この試算表を上下に分割することで貸借対照表と損益計算書を作ります。

試算表その2

しかし、上記のとおり、単純に分割すると貸借対照表の資産≡負債+純資産の恒等式が成立しないことになってしまいます。

そこで、この双方を成立させるために、当期純利益の額を貸借対照表の純資産の部と損益計算書の費用の側に加算することによって、上記の恒等式が成立するようにします。

その結果、めでたく次のように貸借対照表と損益計算書が完成するのです。

試算表その3

 

5.結論:ビーエス・イズ・キング

4−3で説明したとおり、現実には、5つの財務諸表(決算書)を作成します。

その中でも、貸借対照表だけが、唯一、それだけで自立して存在する決算書であり、全ての取引は貸借対照表だけで処理し表現できるということが財務諸表(決算書)を理解するうえで最も大事なことです。

 

会社で一番大事な数字はキャッシュの残高です。その情報は貸借対照表に存在します。その増減は、キャッシュ・フロー計算書にあります。

あなたが気にする、利益の数字は貸借対照表の純資産の中に存在します。その増減は、損益計算書にあります。

たとえば利益が出ていないということは、貸借対照表の純資産を減少させます。貸借対照表の純資産が減少するということは、とりも直さず、資産が減少するか負債が増加するということです。資産が減少するとしたらキャッシュが減少します。負債が増加するとしたら、いずれ返済しなければならないのでキャッシュが減る予兆なのです。

貸借対照表は増減を表現出来ないという欠点があります。したがって、その悪化の予兆が隠れてしまうことがあります。損益計算書やキャッシュ・フロー計算書はその参考にはなりますが、現実の会社の状態は全て貸借対照表に現れているのですから、その理解無くして参考資料の活用はないと思います。

自分の会社を理解するための情報は、貸借対照表に全部書いてある。

このことを忘れないようにして下さい。

 

財務諸表(決算書)を理解するのに、これ以上簡略化して説明することは、いまの私には出来ません。

9割の経営者は、この話が難しかったら、捨てて良いです。財務諸表(決算書)を。

財務諸表(決算書)を捨ててキャッシュの残高だけを見ていく経営のやり方については、「起業5年目までに知らないとコワイ資金繰りのキホン」に書きました。

よかったら参考にしてみて下さい。

6.蛇足:財務諸表(決算書)の仕組みの次へ

財務諸表(決算書)の仕組みが解ったら、次は、具体的な取引がどのように貸借対照表に記録されるのかを、いくつか見ていくと良いと思います。それはまた別の機会がありましたら書きたいと思います。

しかし、そこは市販の財務諸表(決算書)に関する書籍をご購入頂き、資産と負債以外の勘定科目を純資産に置き換えて、書かれている処理を見て頂けば、ご自身でも勉強できると思います。

それを行う際に重要なことを、ひとつだけ説明したいと思います。

6−1.財務諸表(決算書)は架空のモノではなく現実に根ざしている

財務諸表(決算書)は現実の取引を「一般に公正妥当な会計処理基準」というレンズを通して映し出しているに過ぎません。

次の図のようなイメージです。

取引から会計処理へ

「一般に公正妥当な会計処理基準」というと何かとても複雑な変換をしているように思われるかもしれません。

知らない人からみたら確かにそうでしょう。

公認会計士や税理士の受験生であれば、ルールの勉強も必要ですが、経営者の方は、事実からルールを学び取れば充分だと思います。

つまり、「りんごを100円で売ると財務諸表(決算書)はこうなる」という原因と結果を把握するだけで良いということです。

自社の主な取引について、どのように処理されるのかを学べば、あなたの経営判断の結果が決算書にどのように反映されるかが分かります。

それを理解出来たとき、今回説明した本質的な話の重要性と、結局、覚えなければならないことがコレしかないことに気が付いて頂けるはずです。

6−2.実は銀行員も良く解っていない

9割の経営者の方は、ここまでお話した内容を銀行員なら知っていると「誤解」しています。もちろん、銀行員の中には、財務諸表(決算書)について、よく解っている方もいらっしゃいますが、それほど多くないというのが私の感触です。

あなたが、この記事の内容を理解して、良く解っていない銀行員が勝手に解釈する前に、財務諸表(決算書)の説明を切り出しさえすれば、あなたの優位に交渉を進めることが出来るでしょう。

銀行員の質問や解釈を鵜呑みにせず、おかしいと思ったら、かならず顧問税理士に相談しましょう。銀行員からの意味の解らない質問には即答せず、後日、顧問税理士に相談してから回答すれば良いのです。

自分が財務諸表(決算書)が解らないから、銀行員の解釈や判断が正しいと思ってはいけません。

自分の言い訳をするようで恐縮ですが、公認会計士の試験に合格していても、私のように財務諸表(決算書)のことが良く解っていない人もいます。

自分以外はみんな解っていると思う必要はありません。それぐらい財務諸表(決算書)は難しいという前提で、気楽に付き合うことも重要だと思います。

 

この記事はこれで終わりです。

長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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山口 真導

山口 真導

過払い税金対策専門税理士株式会社アカウンタックス
中小企業の資金繰りを改善するソフトウェアの開発に失敗し、自社の資金繰りがつかなくなる。その時、利益より資金が大事だとようやく気づく。以来、資金繰りの悩みを節税対策と銀行対策で解決する専門家として活動。中小企業経営者のお金の問題を他人事ではなく自分事として捉え解決している。著書に、起業5年目までシリーズで「資金繰りのキホン」と「節税のキホン」がある。

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